▼ 研磨とねこまねの邂逅

ビショウジョは嫌いだった。女子は好きじゃなかった。

物心ついた時からおれは近所のクロといつも一緒で。引っ込み思案で外からの干渉を避ける為に神経を尖らせていたおれと外との繋がりを簡単に作れるクロ。
自分でも正反対だと思った。
でもクロに誘われて始めたバレーは嫌いじゃない。かといって好きかと言われれば別に、と答えるけど。
やはりクロに引かれる感じでおれは中学でバレー部に入った。

小学校と中学校は違った。
なんとなく入ってやっていたバレー部は、それなりに楽しかった。
でも学校は楽しくなかった。
中学では女子も男子も変貌した。
特に女子が。
残念な事に、すくすくと育ったクロは変貌して怪物のような女子にもてた。
おれはクロ関連で女子のアレやそれに巻き込まれ、益々女子が嫌いになった。
中学から新しい匂いに包まれた女子は、完全におれの敵になった。

高校に上がった。
結局クロと同じ所に入って、またバレーを始めた。そこではバレーまでも何も楽しくなかった。
先輩という新しい怪物はおれが気に食わなかったらしい。何かある度に怒られたし、難癖をつけられた。
効率だって悪いのに、そんなものより先輩たちは後輩をいびる方がいいらしい。その時に縦社会の関係が嫌いになった。

それと、まだ違いがあった。
中学の平和な閉鎖的な空気と違うもの。
そこにはマネージャーがいた。
おれと同じ一年だった。
何よりも嫌だと思ったのは彼女がビショウジョだった事。
そして、おれにも笑顔を向けてくる事だった。

「家狸眞桜です!よろしく、孤爪くん」

おれと十センチも違わない身長、細過ぎるがりがりの体、小さくて整った顔、高い位置で結われた二つ結び。
誰から見ても綺麗で魅力的な笑顔が化け物に見えた。
差し出された手を取るのがとても怖くて、おれは逃げた。
後ろでクロが呼んでいるのも無視して、先輩に言われたボール拾いをした。全然何も楽しくなかった。
あの子に声を掛けられたから、また先輩にいびられた。チョウシに乗るなって。
本当にビショウジョは厄介事しか持ち込まない。

「孤爪くん、わたしのこと、きらい?」

ある日、単刀直入に聞かれた。巫山戯てるのかと思えば至極真面目な顔をしてる。
ビショウジョは馬鹿だった。
避け続けていたら袖を引かれて呼び止められ、無理に立ち止まらせる。
随分と強引だ。
黙っていると、膨れた。可愛いとは思えなかった。

「あまり、すきじゃない」

素直に出た言葉は彼女にショックを与えたのか、彼女は黙った。表情が無になる。袖を掴んだ力が消えて、これ幸いとばかりにおれは逃げた。ちらりと見えた、薄っぺらい背中は更に薄く、消えそうになってるように見えた。
でもそれで良かったのだと思った。
彼女はもうおれにあまり近付かなくなった。

それから暫くして、クロがやって来た。

「お前眞桜になんか言ったろ」
眞桜ってあのマネージャーの事か。
告げ口したのだろうか。だったら尚更嫌いだ。
「あんまりすきじゃないって言った。実際あんまりすきじゃない」
クロは盛大に溜息を吐いた。そして一枚のぐしゃぐしゃの紙を取り出した。
「これ、見てみろ」
「なにそれ」
開いてみると、それは退部届だった。
大きな震えた文字は見覚えのないものだ。それもそうだ。
これがあのマネージャーの退部届だったからだ。
「退部届?」
「俺が取り上げた。そしたら噛み付かれた」
「どういう事」

ほれ、と見せてくる腕にはくっきりとした歯型がついていた。
人は見かけによらないのかもしれない。
クロは真剣な顔をして言った。

「あいつのこと、もうちょい見てろ。顔というフィルターを外せ」

そんな事言われても無理だと思った。
ある日、先輩のせいでおれだけ残された。鍵はあのマネージャーが持っているらしい。
普通に嫌だと思った。
着替えた後に体育館に戻ると、ダァンと何かを打ち付ける様な音がした。
そっと覗いてみるとあのマネージャーが打っていた。
上手い。
細いせいで威力はないけど、確かに上手い。コースギリギリ。
そして、時折嗚咽が聞こえた。
床を打ち付けるゴムの音、しゃっくりが静か体育館に響き渡る。
あれだけ上手なら女子バレー部に入ればいいのに。
気付いたらおれは声をかけていた。

「何で退部届、出そうとしたの」
ビクぅっと跳ねた体のせいで、サーブが崩れる。
ボールは仮想ネットを超えない。一度跳ねて、転がった。
「孤爪くん、わたしのこと嫌いだから。チームの邪魔になりたくない」
息を呑んだ。
申し訳なくなった。ビショウジョのマネージャーはビショウジョじゃなかった。
その代わり、ばかだった。
おれ一人の為に止める決意とか、馬鹿だ。

「何で、泣きながらサーブ打ってたの」
「…………笑わない?」

神妙な顔をしたあのマネージャーは、声を潜めた。

「バレー、出来ないって思ったから」

信じられない。
でも真実味を帯びた声が、静かに体育館に響いた。

「馬鹿?」
「ば、ばか?」
「…………ごめん、おれ勘違いしてたかも」

確かに馬鹿だ。
警戒していたのが馬鹿馬鹿しくなって、小さい声でごめんと呟いた。

「……よろしく、眞桜」
「よろしく!研磨!」

にこっと笑顔になった眞桜と仲良くなるのは早かった。
まだ、謎はある。
何で眞桜が女子バレー部に入らないのか。
何でバレーを止めるくらいで何故そんなに泣いていたのか。

でも分かったことがある。
多分眞桜はいじめられっ子だ。
そして、おれも。

美少女という外見から見えない、脆く鋭い牙の存在を感じながら、おれは眞桜の中に潜む憐れな獣に、捨て猫に手を伸ばすような感覚を覚えながら彼女の手を握った。


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