きみの風は眠くなる

部活から帰ってメシ食って風呂から上がったら幼馴染が部屋にいた。
古典の教科書を読みながらベッドに寝転んで足をふらふらさせている。そこで俺今日寝るんだけど。
「勉強しよ」
「は?寝たいんだけど」
「烏野テストなの、来週」
ベッドに寝転がったまま、古典の教科書を伏せ、枕に顔を埋めた。だからそこ、今日俺が寝るんだけど。
濡れたままの長い髪がぱさりとベッドに落ちた。束になって、綺麗じゃないけど懐かしくて少し口許が緩む。なんだ。こいつ変わってねぇじゃん。
ベッドに腰掛けると気を遣ったのか少し転がりスペースを開けるから遠慮無く乗り上げて、ゆなに倣って寝転がった。水気を含んだタオルはゆなの頭に着地して影を作っている。それを気にしていないゆなは古典の教科書をまた開いた。
紛らわしい助動詞の項を開き、なむと書いてあるページを指し、溢れるため息に驚いた。少し曲がった後のある百均の付箋がついたそこに苦手なのだと憶測できる。こいつ、古典は得意だと思ってた。
「ねぇ、影山くんって中学の時からあんな勉強出来なかったの?」
「さぁ?中学の時って赤点とか補習とか無いし」
ゆなは口を尖らせる。その顔がどことなく名前の上がったあいつの顔に似ていた。馬鹿だとは思っていたがそこまでやばかったとは。喉の奥でくつくつ笑うと半身でアタックされた。柔らかい、けど痛い。
「今さ、仁花ちゃんと二人で二人の勉強見てるんだけどさ、どうやったら分かりやすいと思う?」
「二人?影山レベルまだいんの」
「いるよ。日向くん」
「誰?」
ぺとりと頬に濡れた髪が張り付く。そうか。そういや俺の髪も濡れてた。
「オレンジの髪の毛の、あの小さい明るい太陽みたいな子」
「ああ、10番」
「背番号が?そうそう。その子」
ゆなが少し動くと背中の半分まで伸ばされた髪が布団に付いて、水のシミを広げていく。ゆなの周りだけ色が変わった布団は当然の事ながら湿っていた。
「あきらー?どこいくの」
「ドライヤーもってくる」
ベッドから重い腰を上げてあまり使わないドライヤーを探しに部屋を抜け洗面台へ行った。
自分の部屋と違いエアコンの冷たい風のない廊下や洗面台は暑い。風呂場なんかさっきまで入ってたもんだから蒸し風呂状態だ。洗面台の隣に置いてあるドライヤーを取り、部屋へ戻る。
なんで俺がこんなしち面倒臭い事を。
ぺたぺたとフローリングを鳴らしながら戻るとゆなは大人しくコンセントの近くで座っていた。
「後ろ向いて」
「うん」
足の間に座らせて温風を長い髪に送る。黒く細い髪はぶおおという音といっしょに簡単に舞い、そして簡単にとは言い難いものの綺麗に乾いた。
「英って髪乾かすの上手いよね。何させても上手そう」
「は?」
「今度ヘアアレンジしてもらおうかなぁ。編み込みとか」それは自分でやれ。
笑顔で提案するゆなを見てため息が出そうになる。ちっさい頃から誰かお前の髪乾かしてたと思ってんだよ。自他共に認める面倒臭がりで悪く言えばサボり癖のある俺がこんな事をやってやるのは何故か、こいつはそろそろ考えてもいい頃だろう。
「お前ずっと髪長いだろ。それで慣れたんだよ」
「なるほど。私も乾かしてあげる」
「いやいいわ」
「なんで」
「お前ヘタじゃん」
「……そうだね。確かに」そうあからさまに凹まれると弱いんだけど。
さっきまで握ってた機械を渡すと驚いた顔をされた。
「……やって」
「嫌なんじゃないの」
「お前一年ちゃんと自分の髪乾かしてきたんだろ。上達してるかもしれないし」
「なにそれ」
そうやって心底嬉しそうに笑うの止めてもらえませんかね。それと襟刳りがっつり開いてるやつ着るの止めてくれませんかね。見えた。がっつり谷間見えた。こいつ中学の時より色んな意味で成長してやがる。
ゆなは喜々として後ろに回り、俺の髪に温風を当てた。
「うわ、サラサラつやつやキューティクル傷んでない」
「俺お前みたいにアイロンとかしねぇし」
「なるほど。あ。いい匂い」
それ、俺も思ってた。
温風のせいで元々あった眠気がむくむくと増長し、目を開けているのが辛くなる。
「ちょっと!寝ないで。勉強何にも進んでないじゃん」
「眠い」
コンセントも電気もそのままに、喧しいゆなも放ってベッドに潜り込んだ。クソ眠い。
ほわほわと意識が飛ぶ前、呆れたようなおやすみが辛うじて耳に入った。

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