試験は儘ならない
沙保は持ってきたジャージに着替え、リュックの中からバールを取り出した。
知り合いは居ない。それは寧ろ好都合なのかもしれない。彼女と同じ中学の人や出久、また反目しあっている勝己であっても同じグループに居るとなるとそれはまた別の話である。知り合いの様子を見て焦るのは嫌だった。
仮想敵は得点となるのが三種。そして得点にもならず、いきなり出てくるらしいギミックが一つ。
沙保は鉄の臭いのするバールを握り締め、思考を巡らせる。冬の寒さを受けたバールは氷の様に冷たい。だが彼女が握った部分のみ沙保の体温を吸って生温かくなっていった。
ギミックとは何か。お邪魔虫。プレゼントマイクの声が彼女の耳の奥で木霊する。
お邪魔虫とはそもそも何故いるのか。普通なら倒すべき、ラスボス的存在の筈。それを0点として置く理由。ヒーローの篩に掛けるこの試験に置いて、何故お邪魔虫を置くのか。
沙保は周りに気を配りながらも思案した。
彼女の個性は戦闘にはあまりに不向きである。武器は己の体とバールと頭のみ。
彼女が合格する為には頭を使うしかなかった。だが、いくら考えた所で答えは見つかりはしない。沙保はじろりと辺りを見回した。周りの受験者は皆精神統一など集中力を高めている。そして仮想の街は人の気配のしない所以外は自分達の街に似たスタイルだった。そして、ビルが林立しているそこは、あのロボットの様な仮想敵が動き回れば壊れる所も出て来るのでは在るまいかと思われるほどに老朽化した部分もある。そこまでする事は無いだろうに。沙保は唸り、周りをぐるりと見回した。
「ふむ」
その時プレゼントマイクの声が会場に響き渡った。

試験は開始している。

その声に誰もが焦り仮想敵を探して走り始めた。機動力の無い沙保はやはり遅れを取るだろう。
「3点、3点、2点、3点、11、14」
だが沙保は軽快な動きでバールを操り、仮想敵の接合部分を、関節部分をこじ開け、時に機動部分に石を詰まらせる事で動きを止め、再起不能へとしていった。彼女が三年間で身に付けた知識と物理的な戦闘力は簡単にとは言い難いものの、仮想敵へダメージを与えていく。そして時折飛んでくる流れ弾の様な危なそうな個性を消していきながら着実に点を稼いでいったのである。
切れていく息の中で沙保は呟くように仮想敵を睨みつけた。

「足りない」

彼女では圧倒的に戦闘力が足りなかった。個性が武闘派ではない彼女はバールを片手に仮想敵を壊していくしか方法がない。だが、それでは確実に分が悪いのは明らかだった。痛む掌を握り締め、唇を強く噛んだ。
「20くらいしか、たまってない……」
十分まであと数秒、彼女に出来る事はもう残されてなかった。
数秒後慈悲無く言われた終了の言葉に沙保は肩を落とした。酷使した掌がピリピリと痛むのを感じ、虚無感が押し寄せてくる。骨折り損のくたびれもうけ。沙保の中でそんな言葉が過った。
辺りではリカバリーガールが来たらしく、怪我人の有無を聞いていた。沙保は掌の痛みを無視し、目線を下げる。大したことないのだし、そこまでしてもらうのも。
その時聞き覚えのある声がこちらに飛んできた。
「あ、あの!彼女怪我してます!誰かの個性から庇ってくれたんです!」
「あ……」
リカバリーガールが沙保の方へ向かった。
声のした方を見ると、明らかに流れ弾の様な燃え盛る石の進む先に居た少女であった。そのままにしていたらぶつかるだろうと思って、自然に体が動いていただけの話である。
庇ったつもりはなかった。
沙保は引き攣る掌を開いた。
掌は透明な水膨れが幾つも出来ており、患部は気持ちの悪い色になっていた。
「おつかれ。ほら、お食べ」
しっかり治った、つるりとした掌に、ラムネ菓子が二つ落とされた。どっと襲って来た疲労感に合わせて、それが所謂頑張ったで賞というやつに見えた沙保の二つの目玉は潤んだ。
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