スパイスは隠し味にならない
沙保の個性は個性の無効化だった。珍しい個性である。プロヒーローならばイレイザーヘッド位しかその個性を聞く事がない程に。彼の個性は個性を抹消する個性であるが、沙保のものはどうやら違うらしい。
自分の体に触れたものしか無効化出来ない上に、故意に発動できるのは指先のみという制限と言えない程の制限と異型型の個性には役に立たないという個性は使い物になるかどうか怪しいところだ。……それでも目玉が伸びるなど一発芸にしか使えなさそうな能力よりマシである。ただ、異型タイプの敵を目の前にすると沙保はただの人である。それは如何なものか。ヒーローとしては失格だろう。
「お母さん、私ヒーローになりたい」
母親はヒーローでは無かった。父親も然り。幼い頃は志したらしいが、その大きな壁に屈したそうだ。そもそも雄英に落ちた時点で諦めたらしい。学力試験はパスしたものの、実技で落とされたといつか口にしていたものだ。
「そうね。沙保の個性は攻撃的じゃないから……」
「うん……」
母親は反対するでもなく、自らも一度は見た夢に同調するように首を傾げた。プロヒーローを目指すにはそれは大き過ぎる障害であった。
それからは苦悶の日々であった。プロヒーローについて纏めた出久のようにノートに打開策を書いては横線で消し、書いては消しを繰り返す。偶に出久には相談したりしてウンウン悩んでいた。だが悩めども悩めどもいい案が浮かぶわけでもなく。
ランドセルを背にとぼとぼと通学路を一人で歩き、項垂れていた。
「……やっぱりイレイザーヘッドについて調べた方が早いのかなあ……」
「デクと仲良しの無個性まがいじゃねーか」
「げっ」
突如現れた勝己に沙保は顔を顰めた。どうも偶然らしく、勝己も一瞬驚いた顔をした後に人をバカにするようなにやにや笑いを始めた。沙保の中で爆豪勝己は嫌いな人ランクを独走している人間である。
やっと得た個性を没個性という彼にはどうしても好感を持つことなど出来ないでいるのだ。それは当然といえば当然である。勝己も沙保を見れば挑発的な態度を取ってくるのでお互い様といえばそうなのだが。
「没個性じゃねーか」
「没個性って、やめて」
ふい、と勝己と目を合わせることなく沙保は彼の横を通り過ぎようとする。だが、勝己はその髪を一房鷲掴んだ。
「事実だろうが。……お前、まさかプロヒーローになるつもりかよ?」
「悪いの?」
「無効化なんて身を守る意外なんの役にも立たねー没個性だろ。諦めろ、クソブス」
鼻で笑った勝己に遂に沙保はぷつんとキレた。
「何であんたに言われなくちゃなんないの?!凄い個性持ってるか何か知らないけど!あんたはなんにも凄くない!!」
「あぁ!?」
「殴れば良いじゃん!!あんたの個性は私には効かないもん!」
「っ効かねぇかどうか試してやんよ!」
その時。ボッという音が勝己が掴んだ髪から出てきた。驚いて両者が目を向けると掴んだ所が黒焦げになって、そこから有機物の焦げる嫌な匂いがふわりと舞った。
離した手からパサリと音を立てて焼け焦げた一房の沙保の髪が落ちた。
「……さいあく」
「っ」
珍しく勝己がたじろぎ、動揺した様に目を揺らがせていた。逆に沙保の目は静かだった。静かに怒りを燃え滾らせ、勝己を見据えている。
「謝んなくていいよ。謝んないだろうけど。……あんたなんか大ッ嫌い!」
沙保は勝己の手を振り払って走って消えた。勝己は何をする事も出来ず、ただ呆然と沙保の背中を見つめた。そして拗ねたように目線を下げ、唇をへの字に曲げて不満を顕にするが、時既に遅し。小学生の間に彼らは口をきく事は無かった。
そして沙保は私立中学に入学した。
彼らの溝は深く、交流は断絶したに等しかった。
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