何も無い
学級委員長を決めてもらう。
その一言で学級全体から大きく声が上がった。
沙保はそれを見て、『なんとなく』手を挙げたが、自分がそうなった未来を見ることができずに挙げる手の高度を大幅に落とした。多数に引き摺られただけだ。学級委員長だなんてそこまで向こうっ気が強いわけでもない、自己自主をするわけでもない、多を牽引できるほどしつかりしているわけでもない。そんな沙保に務まるのか。それに首をタテに振る事は容易な事ではない。
沙保が手を下ろしきったところで、クラスは自己自主に溢れていた。
だがクラスの中には大抵一際学級委員長らしい者がいるものだ。そしてその者が統率を図ろうとする。A組ではそれが飯田だったというだけである。
学級委員長に挙ってなりたがるとか。
ふつうなら雑務だからいやいや押し付けられるものではあるのだが、ここではそんな普通は通用しないらしい。貧乏くじがあたりくじになったのなんてはじめての経験である。
そんな大したものではないと思うけど。
沙保はそびえ立つ様に手を挙げる飯田を一瞥し、別の生き物を見るかのような目で見た。
結果的に収集がつかなくなり、学級委員長は投票で決めることとなった。投票は無記名。公平に、相澤が票を見る事となった。沙保はその配られた四角の紙に何も書かず四つ折りにし、選挙のように四角い箱に放り込んだ。



投票で決まったのは出久だった。昼食前、出久が一人の時に沙保は近付いた。特に意図してのことではなかったのだが、どちらも一人なので話しやすい。ましてや幼馴染で、仲も良好な二人であるから出久も沙保が女子であっても緊張せずに話せるのである。
「いっくん学級委員長だね」
「うん……僕で務まるかどうか」出久は不安そうに眉を下げて俯いた。
「そこら辺はいっくん次第でしょ、それに……学級委員長なんてそんな大したこと普通ならしないだろうし」
「あはは……。でもここは雄英だから…………」
それは沙保も感じていたことだった。自分の中の常識が瓦解していくのをこの数日で肌で感じていた沙保は出久の言葉を聞いてゆるく息を吐いた。
「思いつく仕事は司会くらいしかないよ」
それでも出久は浮かない顔を崩すことが出来なかった。
「あ!デクくん沙保ちゃん!ご飯食べよう!」
そんな時、お茶子と飯田が彼らの元にやって来た。出久の顔が驚きに染まる。
「う、うううううん」
「もしかして食堂?」
「うん!」
元気よく言うお茶子に沙保の眉は下がった。
「私お弁当あるんだよね……ごめん、また今度誘って?」
「あ、そっか……コッチこそごめんね?次は一緒に食べよう!」
「そうだね、楽しみにしてる」
三人に手を振って送り出すと、沙保は自分の席に戻った。さて、弁当を片手に誰かの所へ行こうかと辺りを見回した時、丁度沙保のわきをすり抜けて行こうとした爆豪と目が合った。
だが、沙保は何も言う事なく、丁度一人で昼食を摂ろうとしていた耳郎を見つけ、そちらに歩いて行った。
それを偶々見た上鳴は爆豪に声をかけた。
「お前らどうかしたん?」
何時もなら憎まれ口をお互いに叩き合う……それこそサンドバッグレベルにやり合うじゃねえか。
「……何もねぇよ」
爆豪は苦虫を噛み潰した様な顔をして沙保から目を背けた。
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