突き付けられたネモフィラ
沙保は勿論の事ながら、放課後の反省会に出るつもりであった。
そこにはクラスメイト大部分がいるからということもあったのだが、一番は出久の事が心配だったからだった。だが、爆豪がクラスメイトから引き留められているのを見て、そして彼が無言で教室から出て行くのを見て、爆豪を追い掛ける気になったのである。沙保は麗日に少ししたら戻ってくると残し、爆豪を追い掛けた。
彼らの仲が険悪である事を知っていたクラスメイト達は、首を傾げながらも彼らを見送ったのである。

「爆豪くん!」

沙保は数メートル先にある爆豪の背中を見つけ、声を掛けた。
だが、爆豪は振り返らない。予測はしていなかった事だったのか、一度だけ足を止めたがすぐに歩き始めた。
「何で無視するの?!ちょっと止まってよ!」
「……」
走り、追いついた沙保はその逞しい肩に指を掛けた。爆豪は、その時に漸く足を止めた。
「いつも喧しいくらいに文句言うのに、何で黙ってるの!?いっくんに負」
だが、沙保はその先を言うことは出来なかった。それは爆豪が無理矢理沙保を壁に押し付けたからだった。必然的に近くなった顔に沙保は黙ることしか出来ないでいた。
「うるせぇ」
爆豪は沙保を睨み付けた。階段の側の死角。沙保はなんとも言えない表情で爆豪に押さえつけられていた。
沙保自身、どうして爆豪を追いかけたのか自分でも分からないでいる。ただ一つ、間違いなく言えるのは爆豪の背を見て何故か追いかけねばいけないような気がした。追いかけた理由はその一点だけである。
「塔みたいな、自尊心。折られたね」
「……うるせぇ」
「でも、こんな日が来るって私、ずっと思ってた。下剋上、受けたね」
「……うるせぇっつってんだろうが」
「だって、あんたは何にも凄くない」
「黙れ!!」
「あんたの個性は凄いよ。センスだってある。けど、あんたは何も、凄くない」
爆豪は押さえつける力を強くした。沙保の表情は少しも苦悶に揺れない。ただ只管爆豪をじっと見つめるだけであった。
「私に爆破は効かないから。すればいい。髪はまだ効くのかわからないけど」
爆豪の赤い瞳の中で、沙保が揺れる。沙保の瞳は同情など全く含んでいなかった。あるのは淡々とした事実と、沙保の中で収まりつつある彼との確執。そのうちの一つは静かに消えて無くなろうとしていたのである。
それは爆豪が悪いわけでも、沙保が悪いわけでも無かった。
ただ、沙保は理解したのだ。
その塔のように高い彼の自尊心の下に隠されていたものを。それと同時に沙保の膿は絞り出されてしまったのである。
爆豪は沙保の長く伸びた髪を力任せに一房掴んだ。だが、沙保はそれを止めない。
決定的に以前と違うのは目の奥にあった筈の光であったのだ。
爆豪はその髪からゆっくりと手を離した。
ぱさりと音がしたそれに触れる事なく沙保は爆豪を見つめていた。
爆豪は沙保から手を離し、背を向けた。そして、一歩進んでからふと立ち止まる。
「お前は、デクの個性を知らされていたのか?」
「全然」
でも。沙保は言葉を続けた。
「あの時いっくんは良かったねと言ってくれたから。私も良かったねって、言うよ。それだけ」
沙保は爆豪に背を向けて、歩き始めた。
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