拍手御礼 | ナノ


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その男は美しさを寄せ集めたかの花街にいるどの花魁よりも見目麗しく、そして美人画に描かれている女よりも儚げで繊細な美しさであった。

瞬きをすれば震えるであろう長い睫毛が縁取る眼は、黒色の宝石を嵌め込んだように純粋に澄みながら、憂いを帯びた妖しい色香を滲ませ。
うっすらと開かれ微笑を湛えた唇は、紅をさしたかにハッとするほどに赤い。
肌は冬期に降る雪のように白く透き通るかであり、背まで伸びた髪は烏の濡れ羽よりも黒く艶やかに流れている。

華奢な体を昨日は白い牡丹が描かれた深紅の着物が包んでいた。
豪奢な花魁装束を身に纏い、格子窓の傍に座っている様は、まるで美により人心を惑わす陀吉尼天であるかに見えた。

男は花街一の遊郭『青珠楼』の一に上等な座敷に住まい、日がな一日畳の上に座って窓の外を眺めている。

私と彼が出会ったのは、窓から覗く姿をたまたま見上げた視界に映したのが始まりであった。
私は一目で彼を気に入り、以来もう二月<フタツキ>になろうか。
毎夜、花街の大門が開く時間に店を訪れ、そして明け方、鳥が目覚める刻まで共に過ごしている。

体を交えたことなど一度もない。
そんな下賎な行いなど、彼と私の間には必要のないものだ。
ただ傍に寄り添い、そして花街から出たことのない彼に、様々な外の話を語って聞かせる。
彼が私を見ることはないけれど、それでも微笑み私が語る話に耳を傾け傍にいてくれるだけで、私の心は甘酸っぱく震えるのだ。

「やあ、元気かい」

やり手婆に通され今宵も彼の元を訪れた私は、いつも通りに声をかける。
返事がないことは最初からわかっているので、窓外を眺める彼の前に座布団を置き勝手に座った。

「君を身請けしたいと申し出たのだけれど、断られてしまったよ。大事な御仁からの預かりものだと言われてね」

三百円という大金を支払うといっても素気なく断られてしまったのだ。
彼が私のものになるのならいくら積んでも構わないとまで言ったのだけれど、やり手婆が首を縦に振ることはなかった。
そんなわけで今日の私はすっかり気落ちしていた。
沈んだ声音で話し掛ける私に、相変わらず振り向くこともせず彼は静かにただ哀切な笑みを浮かべている。

「君がいつも窓の外ばかり眺めているのは、その御仁を待っているからなのかい」

返事はない。
私は焦れて膝で畳を擦るようにして彼ににじり寄ると、膝の上に置かれている彼の女人のようにほっそりとした手をそっと包み引き寄せた。

ひやりと冷たい手であった。
暖めてやりたいと思わせるその手を両の手で包み込むも、こちらの体温を奪うばかりで彼の手指に熱は移らず。
まるで一方通行な私の想いのようだと、冷たい手の感触がさらに芽生えた焦燥を煽った。

「明日にその御仁が君を迎えにくるのだと聞いた」

やはり返事はない。
驚いた様さえないということは、元より彼は知っていたのだろう。
そのことが私に対する酷い裏切りのように感じた。
これほどまでに焦がれ、愛おしいと想っているというのに。
少しも私を見ない目も、応えない声も、握った手の熱さえ私を拒んでいるかに思える。

こんなにも愛おしんでいるというのに。
何故に彼は私を見ないのだ。

「君さえ私の傍にいてくれるのならこの世の何もいりはしない。君以外のものにどんな価値があろうか。こんなに君が愛おしい。そして狂おしいほど私は君が憎いよ。愛おしくて憎らしいのさ。嗚呼、こうまで言っても君は私を見てはくれないのだね」

彼は窓外に目を向けたまま、静かにただ静かに微笑みを浮かべている。

りん、とどこかで風鈴が鳴いた。
私は彼の冷えた手をそっと離すと立ち上がり、そして徐に彼の体を抱え上げた。


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