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三日前、ずっと前から決まっていた利一との約束を、どうしても外せない仕事上の予定が入りキャンセルした。そのせいでどうやら俺は、可愛い恋人の機嫌を損ねてしまったらしい。

「まだ岸田さんと連絡がつかないんですか?」

お客様のおかけになった電話番号は電波の〜、といった音声アナウンスが聞こえたところで携帯を閉じた俺に、柏田が溜息混じりに言ってきた。
一ヶ月前に新しく買い換えたばかりの携帯を床に叩きつけたい衝動を抑え、余計な質問を投げてきた相手を睨みつける。

「誰のせいだと思っている」
「人のせいにしないで下さい」
「俺のせいだっていいたいのか?利一が怒っているのは、おまえがくだらん仕事をもってきたからだろうが」

時間をみつけてはかけている電話に相手が出ないのも、とうとう今日になって電源が切られたのも、メールを打っても返信がこないのも、すべてこの役に立たない部下のせいなのだ。
三日前、本来であれば俺のスケジュールは完全に一日フリーだった。
それは二ヶ月も前から決まっていたことで、その一日を休むために、寝る間も惜しんで動き回り、そのあいだずっと、利一に会う時間すらとれなかった。
電話だって一週間に一度、それも5分程度で、メールだって三日に一通がやっとの状態で。
それでもどうにか耐え抜き、やっとゆっくり利一と過ごせると思っていたというのに。
当日になって柏田から掛かってきた電話で、俺の二ヶ月の苦労は水の泡となってしまった。

「相葉泉<アイバイズミ>会の組長がこちらへ急にいらっしゃることになって、縁さんにご挨拶をとおっしゃったんですから、お断り出来るわけがないでしょう」
「断われ」
「無理です。相葉泉との友好関係にヒビを入れるおつもりですか?無茶を言わないで下さい」

友好関係など知ったことか。それよりも利一と俺との愛情関係にヒビが入るほうが大問題だ。
付き合い始めて一年。こちらの多忙さを知っているためか、滅多なことでは我儘など口にすることのなかった恋人が、ここまで怒っているというのは、かなりまずい状況である。
謝罪のメールにもなんの反応も示さないところをみると、その怒りは相当なものだろう。

「柏田、このまま利一の機嫌がなおらなければ、おまえ、わかっているだろうな」
「八つ当たりはやめて下さい。そもそも今回のことだけが原因で、岸田さんが怒っているとは思えません」
「なに?」
「そうっすよ。縁さんはいままで、恋人の機嫌をとるなんて必要なかったかもしれねぇっすけど、付き合ってるとなにかと面倒なこともあるんですよ。特に女はちょっとほっとくとすぐキレっから、定期的に機嫌取りしてやんないといけないんです」

こんもりと山になった灰皿を取り替えながら平塚が柏田の言葉を拾い、自分の経験でも思い出しているのか苦い顔で憂鬱な溜息をつく。

「お忙しいのはわかりますが、それをフォローするようなことをするわけでもなく、忙しい忙しいで岸田さんを放っておいたわけでしょう?」
「それは、休みを取るために…」
「ここ二ヶ月のことだけを言っているんじゃありません。付き合い出されてから、いままでのことを含めてです」
「花の一つでも贈るとか、好きそうなアクセサリーや服をプレゼントするとか、とにかく相手の機嫌をとっとかないと、付き合ってるっていう関係に甘えてるとすぐにダメになっちまいますよ」
「マンションも車も好きなものを買ってやるといっているのに、相手が受け取らないんだから仕方ないだろう」
「マンションに車っ!うあー…スケールが違いすぎて、オレちょっと涙出そうっす兄貴」

慰めて下さいと近づいていく平塚を片手一本で邪険に遠ざける柏田を眺めながら、告げられた内容に眉を顰める。
こんな頼りない三下に言われ気づいたというのも癪ではあるが、たしかに平塚の言うとおりかもしれない。
付き合い始めから、いままでを振り返ってみれば、利一には恋人らしいことをしてやったという覚えがなかった。
いや、自分なりにはしてきたつもりでいたのだが、世間一般で考えればそれでは足りなかったということだろう。

「とにかく、私に当たっている暇があるなら、岸田さんへのフォローを考えたほうがいいと思いますよ。ああ、ですが今日の分の仕事は片付けて下さいね」
「帰る」
「駄目です。今日中に仕上げて貰わなければいけないものがまだあるんですから、帰っていただくわけにはいきません」
「そんなものは、おまえが片付けておけ」
「ちょっと!縁さん!!」


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