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「ねぇ、サクラちゃん」

こうして一緒にいる時間は、たしか一ヶ月ぶりくらい。
休みのときだって、なんやかんやで仕事してる高梨と。
冗談とか、からかいとかなら平気で言えるけど、いざ本音となると会いたいなんて、そんなこっ恥ずかしいこと言えるわけないオレ。

もちろん、一方的に見かけることは何度もあった。
まあそれも、みかじめ回収の時間を調べて待ち伏せしてたんだけど。

どうせ高梨はそんな健気なオレになんて、気づいちゃいない。
いつだって真っ直ぐ前を向いて、ピンと背筋伸ばして。
笑ったかと思えば岸田にだし。

オレがいなくったって、高梨はなにも変わらない。

会いたい。

そう思っているのだって、オレだけなんだ。

「もうちょい待て。あと少しでこの報告書も書き終わっから」
「うん」

背中合わせに座ったまま、振り向きもせず言ってくる高梨に、短く応じて膝に顔を埋めた。
書机に向かう相手の背を凭れに、ちょっとでも触れ合っていたくてこの体勢で座ったのが二時間ほど前。
重いという文句は聞かなかったことにした。
背中から伝わる温かさが、室内の暖房器具よりいい感じに暖かい。

この背が好きだ。
真っ直ぐな性格をそのまま形にしたみたいで。
それから指に絡めるとサラサラする黒髪に、
綺麗な硝子玉でも嵌め込んだみたいな切れ長の鋭い目も、ヤってるときの掠れ気味な普段よりも甘いあの声も。

顔を上げ、コンと後頭部を相手の項辺りに乗せて目を閉じる。

「詩生?」
「…なんでもないよぉ」

高梨はちゃんとオレのこと好きなんだろうか。
付き合いだしたのだって、なんかもう成り行きみたいなもんだったし。
ただその場の雰囲気に流されただけなんじゃないの?
だって、一ヶ月ぶりに会ったってのに、この態度。
顔合わせた時だって、にこりともしなかったよね。

ねぇ、いまでも、りいっちゃんのことが好き?
おまえのなかで、オレって何番目なの?

「詩生」
「ん〜?」

凭れかかっていた背中が動いたかと思えば、何事かと振り返った途端、唇に苦味を感じた。
間近で笑みに細められる双眸が、普段からは想像も出来ないほどに柔らかい。

「苦い…」
「てめえは、甘すぎ」

そう言って短く喉で笑いながらまた前に向きなおった高梨に、自然と弛む唇を軽めの笑いで誤魔化して、もう一度その背に凭れかかった。


自惚れちゃおうか…ねぇ?



― END ―





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