100万打リク | ナノ


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すべてが偶然のように、けれど必然的に絡めとられたのだと気づいたときには、すでにあのバカの手の内に握り込まれたあとだった。
いつのまにか視線の追う先にいる相手が変わっていたことに、どうして気がついてしまったのか。
悔しいというよりも、自分自身への呆れが強い。
あの傲慢不遜な冷徹男に惚れた岸田を趣味が悪いと笑ってやったことも、今となっては他人事ではなくなってしまった。

「さくらちゃん!ちょっ、痛い!痛いって!あーっ滲みるぅっ。あだだだ…っ」
「ガキみたいに喚くな、うるせぇ」

鋭角な顎を斜めに走った傷にたっぷりと消毒液を滲みこませたガーゼを押し当てつつ、ギャンギャンと騒ぐ相手に内心で大きな溜息をつく。
今年で三十路になろうという男が、しかも道を歩けば強面の男たちが端に避けては頭を下げる、天下の黄武会組長たる男が、だ。
縫うにも及ばない刃傷に消毒液が滲みたぐらいで幼稚園児のように喚くとは、みっともないにもほどがある。
ヘラヘラとしたしまりのない顔は学生の頃と変わらない。10年が経って少し歳を感じさせる顔にはなってはいるが、チャラ男な雰囲気は相変わらずで、一見するとトウの立ったホストに見える。
こいつの身分を知らない相手に、この男はヤクザの親玉なのだと言っても、まず8割は信じないだろう。

「今、こいつほんとにヤクザかよ、情けないって思ったでしょ。そんな目してたー」
「わかってんなら、そのヘラついたツラなんとかしろっつの。何回新入りのガキに、え?組長?て反応されりゃ気がすむんだよテメェは」
「いいじゃん別にぃ。親しみやすい組長って感じで、ほら、うちアットホームが売りだからさぁ」

ヤクザにアットホームもへったくれもあったもんじゃない。
舐められるのを恥じと嫌いこそすれ、どうぞどうぞと歓迎するヤクザなんて高梨が知る限り目の前にいるこの神田くらいのものだ。
何度、態度を改めろといっても一向に改善する気配のない、糠に釘の相手とわかってはいながらも傷口にガーゼを貼りつけながら、出てくるのはすでに言い飽きた小言の羅列で。すっかり小姑のようになってしまった自分にうんざりとした溜息が漏れる。

「さくらちゃんさぁ、まぁるくなったよね?」
「………」

ガーゼをテープで固定し終え、不要になった道具をしまおうと救急箱を引き寄せる。今日は片づけなければならない用事が山積みなのだ。いつまでも神田に構っている場合ではない。
場合ではないのに…。
伸ばした手に自分よりも少し大きな手が重ねられ、反射的に神田を振り返れば思ったよりも近くにあった顔にいい加減にしろよと出かかった言葉が喉の奥。
しまったと思ったときには声を発せずに固まったままの唇がやわらかい感触に塞がれ、固い体に強く抱きすくめられた。

「なに、やってんだよ…」
「ほら、やっぱりまぁるくなった」
「はぁ?」

ギュウギュウと締めつけるように腕に力を込める神田の嬉しげな声と、ツリ気味の目を糸のように細めた笑み顔が至近距離。
なにを大人しくされるがままになっているのかと思えど、思考に感情がついてこないのか咄嗟に振り払うことも出来ず、怪訝な顔をつくるのがかろうじての抵抗で。

「昔のさくらちゃんだったら、今頃オレ容赦なくぶん殴られてるところだよね」
「…一応組長だからな。殴るわけにゃいかねぇだろ」
「小言だって、あの頃なら言わなかったじゃない。どうこう言うほどオレに興味なかったし」
「今だってねーよ」
「嘘つき」
「……っ」

再び唇が重ねられ、歯列を割って滑り込んできた厚めの舌に逃げようとした舌が絡めとられる。
強引に奪うよう仕掛けられた口づけのわりに荒々しさはなく、そのギャップに拒絶するタイミングを鈍らされた。抗わないのはそのせいだ。そんな言い訳も心の内にある想いに気づいた今となっては、自分を騙す効果すらない。
形だけの抵抗に口腔をなぞる舌を噛んでやるも、一瞬ひるんだかに動きを止めた神田の舌は逃げることもせず、さらにじゃれつくかに歯の裏側を舐めてはさらに奥へと深く入り込んでくる。
顎裏を押し撫でるザラついた感触を口を開いて受け入れる。卑猥に漏れる濡れた音に煽られるのは羞恥よりも快感で。脳の奥が痺れる感覚に、吐く息に熱が混じる。

「ヤニくせぇ…」
「んー…煙草吸ってたからねー」

仏頂面での悪態もこうなってしまえば抑止の意味もなく、神田をただニヤけさせるだけだ。



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