100万打リク | ナノ


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「すみませんでした!」

一分の躊躇いもなく俺は畳の上に額を擦りつけて謝った。見事なまでの潔い土下座だ。これで少しは高梨の機嫌も…あれ?なおってない感じ?
まじかよ、これだけの土下座を見てもまだご機嫌斜めってどんだけ拗ねてんの。ねえ、どんだけお拗ねさんなの。

「あ、あのさ、高梨?」
「…………」
「気持ちよく寝てるとこいきなり突き飛ばされたらそりゃ怒るよな。ほんとごめん」
「……………」
「昨日は結構酔ってたし、ほら、それに暑いの苦手じゃん、俺。だから悪気はなかったっていうか…」
「………………」
「……………………」

こんだけ必死で謝ってんのに無言ですか。反応なしですか。あああっもうどうしろってんだよ!

『どうすれば機嫌がなおるかなんて、自分で考えなさいよ』

考えてもわかんないから困ってんだろって、ちょっとテレビうるさいんですけど。タイミング良くシンクロ会話してんじゃねえよ。え、なに。彼氏そこでキスしちゃうの?いやいや、そんなんで機嫌なんて…なおっちゃうの?そんなんでいいの?仲直りのチュー?

「おまえいま、キスすりゃ俺の機嫌なおるかもとか思っただろ」
「お、思ってないし…」
「単純」
「だから思ってないっつの!」
「違う。おまえじゃなくて俺」
「え?」

高梨がベッドから立ち上がり近づいてくる。さっきの土下座で正座していた俺の膝に高梨の足があたる。すぐ上にある高梨の顔を見上げると、アップにも堪えうる綺麗に整ったその顔がゆっくりと降りてきて、互いの鼻先がぶつかる距離にキスを予感し目を閉じた。が、唇に触れる感触は訪れず、目を開ければ先ほどの距離のまま高梨と目が合う。

「岸田」

いつもは鋭く人を威圧するような目が、持ち上がる口角と共に笑みに緩み細められる。優しく名前を呼ばれ、俺の理性が飛んだ。
バイトと大学で忙しい高梨と一緒にいられる時間は少なくて、夏休みに入ってからはとくに昼夜問わず毎日働きずくめだったから、俺たちが昨日会ったのは二週間ぶりだった。ようするに俺は高梨とのふれあいに飢えていたわけで、そんな状態でこんなシチュエーションを持ってこられれば、男だったらそれまでの我慢も爆発するというものだ。
あと少しの唇の距離を埋めようと、高梨の腰に腕を回して引き寄せる。

「なっ…!」

唇に重なる柔らかな感触のかわりに背中にドンッという衝撃を感じて、俺は畳の上に仰向けに引っくり返った。

突き飛ばされた…?

唇が触れ合う寸前で、高梨が俺の体を思いきり突き飛ばしたのだ。ついさっきまで漂っていた甘い空気は跡形もなく霧散し、間抜けにも転がった俺は起き上がることも忘れ、遠ざかった高梨の顔をポカンと見上げる。
無言で見つめ合うこと少々。次第に驚きと戸惑いが、いきなり突き飛ばした相手に対する怒りに変わってくると、俺の心境の変化を読んだかに高梨が一言。

「腹立つだろ?」
「なにがっ…」

腹立つだろうだ!そう怒鳴ろうとするも、じっと見下ろしてくる目にぐっと言葉を呑み込む。これは昨夜の仕返しだ。いま我が身に起きたことは、俺が高梨にしたことなのだ。
腹は立つがそれは高梨も同じで、しかも先にやらかしたのが自分ともなれば怒るわけにもいかず、俺は畳の上にひっくり返ったまま大きく息をついた。

「悪かったよ…」

寝ぼけていたとはいえ、その気にさせておいて寸前で乱暴に突き放すなんてどう考えても酷い。素直に謝罪を述べると静かに怒っていた高梨のオーラが、俺を見下ろす目のきつさが緩むのに比例して柔らかくなった。愁傷な態度がどうやら相手の怒りを軽減してくれたようで、いまがチャンスと倒れていた体を起こして膝立ちで高梨に近づく。
両手で高梨の頬を挟む。目が合うと色素の薄い目が戸惑いに揺れる。動きかけた唇を、今度こそと自分の唇で塞いだ。
薄い唇の意外にも柔らかい感触をもっと楽しみたいと、上唇を甘噛みすれば高梨の肩が小さく震え、一瞬のあと、下唇に疼くような甘い痛みが走る。じゃれ合うようなキスを何度か交わし、そっと唇を離すと頬に触れたまま高梨の目を覗き込んだ。

「機嫌、なおった?」

照れ笑いを浮かべて尋ねると、再び唇が重なる。今度は啄むようなキスではなく、深く、噛みつくような強引なキスだ。けれど乱暴さはなくて、触れ合う唇も絡む舌もずいぶんと甘い。言葉の代りに寄越されたキスは言葉以上に雄弁だ。
頬に触れていた手を背中に回し、久しぶりの恋人の熱を愛おしむように抱き締める。
茹だるような暑さもいまこのときだけは感じなかった。
だって真夏の炎天下なんかより、焼けつくように恋焦がれるこの気持ちのほうが、俺にとってはずっとずっと熱いのだから。



― END ―




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