100万打リク | ナノ


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「…………」

朝目が覚めると、高梨がものすごく不機嫌だった。そりゃもう見事なまでの不機嫌っぷりである。
理由?そんなの知るか。昨日、寝るまでは普通だったのが起きるなり、目も合わせない、口もきかない、こっちの存在まるっと無視なのだから、俺だってなにがなんだかわけがわからない。理由なら俺が教えて欲しいくらいだ。
最初はどうしたのかと思っていろいろ声をかけてはみたけれど、そのどれも思いっきりスルーしまくられれば、心配する気持ちもムカつきに変わるというもので。
エアコンのない室内で、8月の暑さが輪をかけて俺の気持ちを苛立たせる。ミンミンと五月蝿く鳴いている蝉にすら腹が立つほど、不機嫌さはピークに達していた。
もうかれこれ半日ほど互いに無視した状態が続いている。一部屋しかない高梨のアパートは部屋だって狭いし、高梨の姿を視界に映さないようにするだけでも難しい。けれど見れば見たで蹴り倒したくなるわけで、必要以上に視界に入らないよう、俺の目はずっとテレビに向けたままだった。
おもしろくもない昼ドラを見続けている。といっても、目がテレビに向いているというだけで、内容はまったく頭に入っていない。なんか人が動いてるな、くらいの認識だ。
高梨はというと、神田に先日貰ったというベッドの上で、起きているのか寝ているのか、ゴロリと横になっていた。動いている気配がないということは、寝ているのかもしれない。
このくそ暑いなかよく寝れるものだ。夜ですら寝苦しかったというのに、このさんさんと太陽が照りつける正午に昼寝とは、体感温度がどうなっているのか疑いたくなる。

「ん…?」

あれ、いまなんか引っ掛かった。なんかこう、一瞬記憶の断片が見えたような…。

『ああもう!暑苦しいっ』

怒鳴りつける女の声に反射的にテレビに意識が向くと、画面の中で主人公の女の子がひっついてくる男を突き飛ばすシーンだった。それを見るなり一気に頭のなかに映像が浮かび上がる。

「あ…」

やばい。これは非常にやばい。思い出した真夜中の記憶に、高梨の不機嫌の理由を悟った俺は口を半開きにして固まった。
昨夜は高梨と飲みに出て、遅くなったから帰るのも面倒だと泊めてもらったのだ。それで布団が一組しかないからいつもどおり狭いシングルベッドで二人並んで寝たのだけれど、

「あー……」

昨日は今夏始まって以来の猛暑で、エアコンのない高梨の部屋はもちろん熱帯夜なわけで、それでもって俺も結構酔ってたわけで…。

「思い出したかよ」
「!!!!」

いきなり背後からかけられた声に尻が浮き上がるほど驚いて体が跳ねた。いつの間にか起きていた高梨が、ベッドに腰掛け冷ややかな目でこちらを眺めている。

「…なにを?」
「寝返りうって自分から俺にかぶさってきたくせに、暑苦しいっつって人をベッドから突き落としたこと」
「いや、その…なんのこと、か…なぁ…なんて…あはは」

苦しい。思いっきり苦しい。こんなことで言い逃れ出来るわけがないとわかっていながらも、誤魔化せる可能性が1mmでもあるならととぼけてみせるも、じっとりと見据えてくる目に頬を引き攣らせ尻すぼみに目を逸らす。

誤魔化せる可能性1mmもありません!しかもガン見だし。めっちゃ睨んでるし。

ここで下手な言い訳でもしようものなら、余計に高梨のご機嫌が斜めることはたしかだ。こういうときはなんといっても素直に謝るのが一番の被害回避方法だということを、俺は20年間で学んでいた。そうだ、土下座でもなんでもしてとにかく高梨の怒りを鎮めなければならない。
怒りゲージ満タンでリミットブレイクでもされようものなら、ステータス貧弱な俺なんて一溜まりもないじゃないか。
そうと決まればレッツ土下座だ。


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