100万打リク | ナノ


▼ 5

並んだ窓から煌々と明かりが漏れている三階建ての建物を目指した。建物の感じからすると、多分そこが学生寮なのだろう。
石畳を挟むかたちで常緑の木が並んだ道を外灯の光を頼りに歩いていくと、雨音に混ざりふいに人の声が聞こえた気がした。寮から漏れた生徒のものかと、足を止めて建物を見上げる。

「八嶋先生?」

次に発せられた声ははっきりと聞こえた。アリアの女子生徒のものではない。どことなく驚いているようではあるが、落ち着きのある、というよりは抑揚に乏しい低めの声は前方。学生寮のほうから聞こえてきた。
距離にすれば5メートルほど先。エントランスに置かれた傘立てに腰掛けた、スエット姿の男がいた。
雨のせいで視界が滲み、表情はよくみえないが、自分の名を呼んだ相手が誰であるのかはすぐにわかった。

「佐野先生、久しぶり」

煙草を口に咥えたまま、ポカンとした表情でこちらを見据えている佐野に歩み寄り、笑いながら片手を揺らす。

「なにやってんの?」
「煙草」

見ればわかるだろうとでもいうような短い返事が返ってくる。愛想がないのはいつものことだ。

「こんなところで?」
「寮のなかは禁煙なんで…てか、そっちこそなにやってるんですか」
「なにって?」
「なんでこんなとこにいんの?」

嫌味をいっているわけではないのは、驚いた顔つきから窺える。心底、俺がこの場にいることが不思議で仕方ないといった様だ。
長くなった灰がポロリと落ち、フィルターまで燃え尽きかけた煙草を佐野の手から取り上げると、持ち歩いている携帯用の灰皿に捨てた。
あと半歩進めば互いの膝と足がぶつかるだろう距離に立ち、座ったまま見上げてくる目を見返す。

「おまえの顔が見たくて、仕事終わってからこんな山奥まで3時間も車飛ばしてきた」
「…雨」
「ん?」
「雨、酷かったでしょう?」
「ああ、よく降ってたな」
「わざわざこんな雨のなか、来ることないのに」

佐野の目が地面を跳ね返る雨粒の群れへと向けられる。ポツリと呟くような非難に、我知らず眉根が寄った。
二ヶ月振りにみた愛しい恋人の姿に高揚していた気分が、氷の塊でも呑み込んだように急速に冷えていくのを感じる。
もし佐野が不器用なりにも笑ってくれていたなら、単純な俺は連絡のつかなかった二ヶ月間の不安も吹き飛んで忘れられただろう。
会いたかったと可愛く擦り寄る恋人の姿を想像していたわけじゃない。佐野が素直じゃないのは百も承知だ。ただ、ほんの少しでも嬉しそうな態度がみれたならと、ここまで来る道中。期待というよりは願っていた。
俺に愛想が尽きたのではないという確信が欲しかった。だけど、相手が発したのは遠回しな拒絶。

「いきなり来て悪かった。おまえが元気そうなのもわかったし、もう帰るわ」

これ以上この場にいることは出来なかった。喉元までせり上がった責める言葉がいまにも零れてしまいそうで、じゃあな、と笑うのが精一杯だった。
踵を返す。あとは振り返らずに立ち去ろうと傘を差しなおし、動きを止めた。
肘の辺りを佐野に掴まれた。振り返ろうとして、頬を柔らかな感触に擽られ、肩の重みに遅れて気がつく。

「帰るなよ」

雨音に紛れてしまいそうな小さな呟き。

「佐野?」
「こんな雨んなか、走って崖から落ちられちゃ目覚めが悪い」

ぶっきらぼうな言いように思わず笑いかけ、慌てて口元を引き締めた。
そうだ。こいつはこういう奴だった。来てくれて嬉しいと笑うような素直な性格なんてしていない。
腕を掴んでいた手を逆に掴み、体を反転させて引き寄せる。細い体をきつく抱きすくめると、いつもなら場所を考えろと突っぱねる腕は、応えるように俺の背に回された。



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