キリリク | ナノ


▼ 1






私の名前は柏田庸司。
浅北組五代目にお仕えしてはや…いえこのような説明は無意味であり時間の無駄ですね。
昨夜は縁さんの言い付けで、とある仕事を片付けてきたわけなのですが、それが思ったより長引いてしまい、帰ったのは深夜3時をまわったころでした。
それなのに、疲れきり、ようやくベッドにたどり着いた私はいま、朝の5時にかの浅北縁氏の電話によって叩き起こされたところなのです。
なんとも鬼畜な所業。
文句の一つでもと思えど、まさか本当にそんなことが言えるわけなどありません。
そんなことをしたなら、確実に私は二度とこの最近新調したばかりのベッドに横になれる日はこないことでしょう。
電話の内容がいまから1時間以内に、ルカちゃん人形サイズの服を持って家まで来いという意味のわからないものであったとしても。

寝ぼけてんのかハゲ。

などと口が裂けても言えるわけなどありません。
そんなわけで寝なおすわけにもいかず、どこの店も開いているわけのないこの時間に、あらゆるコネを使って手に入れた所望の品を手に、まだ車通りの少ない道を飛ばしに飛ばし、言われたとおり、1時間以内に縁さんの住むマンションまでやってまいりました。
勝手に入ってこいと言われていましたので、預かっている鍵を使ってなかに入ります。
相変わらず整頓されているというか、物が少なすぎるというか。生活感のまったく感じられない3LDKマンション。
20畳ほどありそうなリビングにまず向かいますと、いました。
縁さんが壁付けの大型テレビの前に置かれたソファに座っていました。こちらを振り向いてはいませんが、立ち昇っている細い煙で、どうやら煙草を吸っているようだと知れます。
縁さん、とお声を掛けて側へ近づきますと、

ドサッ。

「静かにしろよ。起きるだろうが」

驚きのあまり手にしていた紙袋をフローリングに落としてしまった私に、鋭く低めた叱責が飛んできました。が、普段であればヒヤリと胸を凍らすその声も、この衝撃の前では右から左。
例え突然銃を持った男が乱入してこようが、ここまで動揺することはないでしょう。
なんといいますか、これは想定外すぎる状況。

「…………縁さん、それは」

その膝の上にあるものはいったい…。

「岸田利一」

そう、岸田利一という青年。の、人形?
まさか冷酷非道、氷の心を持つ男と呼ばれるかの浅北組五代目が、そんなまさか。
いくら最近忙しくゆっくり恋人と過ごす時間がとれず、苛立っていたからといって、そんなまさか。
恋人、岸田利一とそっくりな人形を愛でる趣味があったなんて!

「………!!!」

動いた!電池式なのですか!?

「起きたか…」
「ん……」

喋った!!な、な、な………っ。

「あー…、柏田さん…?」

私の名前を呼んでいる。
これは夢なのですか。いえ、夢ですね。私はいま、きっとベッドに横たわり、夢を見ているに違いありません。
そうでなければ、ルカちゃん人形サイズの岸田利一が動いて喋って私の名前を呼ぶなど、そんなことがありえるはずが、ないじゃありませんか。
縁さんが人形を膝に乗せて、優しげな手つき、いや指つきで頭を撫でてやっているなど。

「…っ!痛っ…な、縁さんっ?」
「夢じゃない」

手つきで呼び寄せられ近くへと寄れば頬を力一杯抓られ、あまりの痛さに抗議の声を上げると真顔で一言念を押されてしまいました。
ですが、夢ではないならこれは、いったいどういうことになるんですか。


prev / next

[ Main Top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -