キリリク | ナノ


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もちろん、この場でそんな親切な説明をしてやるほど、俺は空気が読めない男ではない。
とりあえず俺はそこにあるフェンス。そう、フェンスだ。
完全傍観者の立場でよろしくお願いします。

「美和ちゃんを返せ!!」
「知らねーし」
「とぼけてんじゃねぇよっ」

いやいや、ヨッシー。
高梨、絶対、本気で、知らないと思うよ。

「岸田、邪魔」
「へ?…っうわ!!」

ガシャンッなんて大きい音が背後から。何事かと振り返ると、フェンスに激突した男が一人。

「ちょっ!待て!待って!!」

頼むから俺を巻き込まないで下さい!

どうやら殴りかかってきた鼻ピアス男を、高梨が器用に避けて足払いをかけたらしく、そいつが勢いを殺しきれずに、そのままフェンスとご対面してしまったらしい。
すぐ近くで怒りにプルプルしている鼻ピアスに俺の顔が青褪める。慌てて立ち上がり、その場から飛び退いた。
それ正解。
仲間がやられたと憤った男たちが一斉に高梨に向かってくる。そこに顔面衝突のショックから立ちなおった鼻ピアスも参戦で、一気にいままで俺が座っていた場所が、乱闘現場に早変わりした。

避けてよかった…。
ってか、一人に五人って卑怯じゃね?

そう思うなら助けに入れと言われそうだけれど、何度も言いますが俺は小心者ヘタレチキンです。こんないかつい野郎相手にどう戦えと?
ちょっと伝説の装備とか落ちてないですか。ないですよね。
どうすんの!?

「高梨っ」
「下がってろ」

鼻ピアスの背後からの蹴りを体をわずかに逸らすだけで避け、その足を腕で掬い上げて地面に転がし、続いて殴りかかってきた大男を体を屈ませ避けると、腹に肘を叩き込む。
そんな状況で普段と変わらない調子で応えて寄越すのだから、心配を通り越して呆れがくる。
強すぎです、高梨さん。
あっという間にヨッシーと愉快な仲間たちをコンクリートの床に沈めた高梨が、屋上の隅っこのほうでへたり込んでいた俺に歩み寄ってくる。
死屍累々のこの場に髪と服だけを軽く乱れさせただけの高梨。
立ち上がるようにと差し出された手に血がついていたけれど、どうやら高梨のものではなく殴った際についたもののようだ。
握るのを躊躇うも、せっかく善意で差し出された手を無視するわけにもいかず、高梨の手を握って引っ張り立たせてもらった。

「怪我は?大丈夫?」

一応と声をかけてみるが、返ってきたのは予想通り。

「してねーよ」

やっぱりですか。
遠目からでも高梨の戦いっぷりの圧勝は見えていただけに、一応とばかりに聞いてみた気遣いもなんだか恥ずかしくなってしまった。
こちらがしっかり立つと手を離し、よれたパーカーを一度脱いで羽織りなおす。
息一つ乱れていない高梨は手についた血さえ見なければ、ついさっきまで喧嘩をしていたとは思えなかった。強風で髪が少し乱れましたといった感じだ。

「腹減ったな」
「高梨、さっき昼飯食ってたよな」
「無駄に動いたせいで、無駄に腹が減ったんだよ」

どんだけ燃費悪いんだというツッコミは、心のなかだけに留めておくことにして、食堂に行くという高梨に逆らわず、昼ゴハンの仕切りなおしに付き合うことにした。
俺だって我が身が可愛い。
ドアを閉め見えなくなった屋上風景に転がるヨッシーたちを思えば、ヘタレチキンの俺が高梨に意見できるわけがない。
お腹がすくと機嫌が悪くなる人もいるというし、とりあえずはこの大魔神の機嫌をとるために食堂というオアシスに向かおうと思う。
ヨッシーたちに秒殺されるくらいに弱い俺が、高梨に敵うわけがないのだ。秒殺ならぬ瞬殺だ。
そんな俺に出来ることは、高梨の腹を満たし、ご機嫌を回復させることだけに違いない。
これ以上高梨の機嫌を損ねないように、へっぴり腰の俺は高梨のあとを追って食堂までの道のり、神田が登場しないことをひたすら祈り続けたのだった。



― END ―





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