キリリク | ナノ


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冬の寒さを抜けた季節は、ふわりと暖かな風を吹かせている。
通い始めてもう二年近くになる大学の、よく訪れるようになってから一年半くらいになる屋上。
神田がいうには最初は学生の姿があったらしいこの場所は、高梨が利用し始めてからとんと姿を消してしまったらしい。
たまになにも知らない新入生らが使っていることもあったけれど、それもいつの間にかいなくなるのが常だった。

別に高梨が追い出しにかかったわけじゃない。
みんな勝手に噂を聞いて離れていく。
まぁ、そのおかげで俺はこうして、気楽な時間を屋上で過ごせるのだけれど。
みんなの恐怖の象徴のような男は、すぐ隣で静かに寝息を立てている。
俺がここに来たときは昼食だろう惣菜パンを食べていたけれど、通学途中に買ってきた週刊雑誌の漫画を俺が読んでいるあいだに、いつの間にか寝入っていた。

「こうやって寝てりゃ、あんな噂の人物だとかわかんねーのに」

高校入学式でいちゃもんつけてきた3年を一人で二十人病院送りにしたとか。ヤクザと繋がっていて将来、組入りが決まっているとか。校長しめて進級もぎ取ったとか。
数々の恐ろしい伝説をまとわりつかせた男。
俺も高校のころに、高梨の噂だけは聞いたことがあった。
そのときはどんな厳つい大男かと想像していたのに、ここにいる高梨桜はそんな想像の人物とは大きく外れている。
身長は俺よりは高い。けれど大柄というわけでもなく、体つきも細身だ。それになんといっても、こうして無防備に寝ている顔をみれば、高梨は整った顔をしている。
起きているときは薄いブラウンの目の眼光が鋭くて、こんなにマジマジと見ることはあまりできないが、思わず見惚れる造形なのだ。
何気なくじっと高梨の顔を眺めていると、その口元に食べ零しのパン屑がついているのを見つけた。
恐怖王に似合わない子供のような姿に、自然と口元が緩んでしまう。なかなか可愛いところもあるものだ。
指先を伸ばし、起こさないように気をつけながら唇の横についたパン屑をとってやろうと爪で弾く。

「あ!りいっちゃん、なにやってんのっ。ダメだよ〜、サクラちゃんの寝てるところに触っちゃ張り倒され……?あれ?」

高梨のパン屑を払ったところにちょうど現れた神田が驚いたように声を上げて駆け寄ってくると、俺の体を横抱きに抱え込む。なにかから庇うように抱え込まれた俺は、キョトンとして神田を見る。だって、なにも起こらないんだけど。
神田も同じだったようで、目を丸くしていまだ眠り続けている高梨を眺めている。

「…変だなぁ。熟睡してるの?」

ブツブツと呟きながら俺の体を離した神田が、そろりと手を伸ばして高梨に触れた。いや、正確には触れようとした、だ。

「あだっ!!」

素早く上がった高梨の腕が神田の頭にヒットした。首を思いきり傾かせた神田は、そのまま地面に倒れ込む。倒れ込んで高梨の腕が張り倒した頭を抱え、痛みに悶えだした。間近で見ていたけれど、あれはかなり痛そうだ。

「…触んな、気色悪ぃ」

不機嫌そうに呟いた高梨の目が半眼に開かれ、神田を睨みつけている。

「いたーっ…りいっちゃんは良くて、オレはダメとか酷いよねー」
「岸田がいいんじゃなくて、おまえがいやだって話だろ」

勘違いするなよと舌打ちのオプションつきでトドメの一言。地面にひっくり返ったまま神田が口を尖らせ、嘘つき、と呟いた声は容赦ない高梨の踏みつけによって、蛙が潰れたような声に変わり俺の耳には届かなかった。
頭を殴られ、腹を踏みつけられ、まさに踏んだり蹴ったりな神田は、これ以上被害を被らないうちにとでも思ったのか、来て早々に用事を思い出したとかなんとか一人叫んで屋上から駆け出ていく。脱兎のごとく逃げ足が速い。
嵐が去ったあとのように静かになった屋上で、ご機嫌麗しくない高梨と二人きり。
無言の沈黙が恐ろしいです。

「…あ、あのさ」

沈黙に耐えかねて口を開けば、返事をする代わりに座りなおした高梨が、俺のほうに体ごと向きなおる。先を促す視線に、けれどなんの話題も用意せず、ただ声をかけただけで、咄嗟に気の利いた話など思いつくわけもない。


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