キリリク | ナノ


▼ 5

「とんでもない空耳が聞こえたもので…」
「空耳?」
「はい。浅北さんと私が、その…恋人の関係にあるとか…」
「あるんですよね」
「「冗談じゃないっ」」

あら、綺麗なハモり。
出会ってから初めて見るかもしれない声を荒げる柏田と、嫌悪を露に顔を引き攣らせている浅北さん。
嘘をつくなと怒鳴るのも忘れるほど、二人の否定の仕方は切実だ。

「どうしてそんな誤解を…」

尋ねてくる浅北さんに、躊躇いつつも今朝見た光景を話す。

「んなの見たら、デキてると思うじゃん」
「そういうことですか…柏田」

納得の言葉を呟いたあと、たっぷりと間をあけた浅北さんが、俺を見ながら、微笑んだ顔から出たとは思えない威圧ボイスで運転席の部下の名前を呼ぶ。ビクリと柏田の肩が揺れ、はい、と小さな返事が返ると、浅北さんがそちらを振り返り、

「そういえばアレ、この前欲しがってましたよね」
「…い、え…改めて考えれば、私には過ぎた品でしたので…」
「俺はそこまでケチなことはしませんから。最後くらいは良い品を使ったらどうです?」
「…………」

にこやかに笑う顔だけをみれば、交わされる会話は部下思いの上司と、謙虚な部下に聞こえる。冷や汗だらけの柏田と、最後という不穏な言葉を除けば。
浅北さんがいう品がなんなのかはわからないながらも、柏田にとっては有り難くない物なのだろう。

「利衣さん」

顔面蒼白の柏田を不思議に思いながら見ていると、隣から声をかけられそちらを振り向けば浅北さんの苦笑めいた顔があった。

「ここ最近、仕事のほうでトラブルがあって、俺も柏田もろくに寝ていなかったんです。昨夜はそれがやっと一段落ついて、気が抜けたんでしょうね。俺が倒れてしまって」
「え?倒れたって…」
「ただの睡眠不足ですよ。それで柏田がベッドまで肩を貸して運んでくれたんですが、そのあと、どうも彼まで倒れ込んでしまったようで。今朝のはそれだけの話なんです」

浅北さんの言ったことを頭のなかで想像すれば、なるほど。そう言われてみれば、たしかに二人ともスーツを着たままだったし、恋人同士の甘い甘い添い寝というにはおかしな点がいくつかあった。
あの時は頭のなかが真っ白でそこまでちゃんと考える余裕がなくて、つい二人の関係を疑ってしまったけれど、聞いてみればなんのことはない。
疲労の限界で二人してベッドに倒れ込み、気を失うように眠ってしまっただけ。そう気づくと途端にいままでの自分の言動、行動が急に恥ずかしくなってくる。
嫉妬むき出しで怒っていたことに顔が一気に熱くなった。
真っ赤になった顔を俯ければ、隣で小さく息をつく気配。

呆れられてしまった。いや、怒っているのかも…。

忙しいなか、こうして時間をつくって会いに来てくれたというのに、俺といえば浅北さんに対しても柏田に対しても八つ当たりで当り散らして、これでは怒られても仕方ない。

「あ、あの…。ごめ…」
「今朝、俺のことを心配して来てくれたんですね」
「あ、うん。そう…最近忙しいって言ってたし、無理してるんじゃないかって思って…鍵も貰ってたし、あの…時間もあったし…」

責められているわけでもないのに、言い訳めいた言葉をしどろもどろに連ねていると、浅北さんと隣り合った肩にトンと軽い重みが乗った。見た目よりも柔らかい黒髪が頬を擽り、触れ合った箇所からじんわりと温かさが広がってくる。

「どうせならこんな能面みたいな部下よりも、あなたに添い寝してもらいたかったのに」
「………あ、さきた…さん?」


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