キリリク | ナノ


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「出せ」

短く命令する浅北の声と同時に車がロータリーから動き出す。運転席を見れば、見知った後ろ姿に憂鬱な気分が三割り増しになった。
いま会いたくない人物NO.1&2が見事に狭い空間に揃ってしまっている。仏滅とお葬式のコラボレーションに、俺は今日の自分の運勢を呪いたくなった。

「それで、なにがあったんですか?」
「……なにも」
「猿でももう少し上手く嘘をつきますよ」
「…………」

俺は猿以下ですか。
てかなんで俺が責められなきゃいけないわけ?
理不尽な扱いに沸々と込み上げてくるのは苛立ちだ。
人がなんとか抑え込んでいたというのに、遠慮の欠片もなく踏み込んでくる浅北さんに、心底腹が立つ。

「なにを怒って…」

俯いた顔に触れようとする手を乾いた音を立てて叩き払う。予想していなかったのだろう。こちらの態度に戸惑ったのか、言いかけた言葉を途切れさせた浅北さんの手は、中途半端に止められている。

「ごめん。でも触んないで」
「お断りします。納得できませんから」

今度は払う隙もなく大きな手に顎を掴まれ、強引に顔を上げさせられた。驚くほど近くに浅北の整った顔がある。背けようにも顎を捕らえた手に邪魔され下を向くことも困難で、縮まる距離から目も逸らせず、

「やめろよ」

唇に吐息を感じ、柔らかいそれが触れる寸前で唸るように声を上げた。低めた声で抑揚なく、完全な拒絶を示して出した言葉に浅北が静止する。
至近距離に空気を通して伝わってきた人の熱が遠退いた。ぼやけていた浅北さんの顔立ちがクリアに視界に映る。片眉を持ち上げ僅かに首を傾けて、なにか思案する顔だ。
俺の態度が不可解なのだろう。
今朝、自分の家に俺が来たことなんて知らないのだから、それも仕方のない事ではある。
あるけれど。

「婚約者の振りを頼んだ相手だとしても、恋人の前で堂々とキスしようなんて、どんな神経してんの?」

恋人である柏田の前で、正確には後ろだけど、悪びれもなくキスしようとする浅北さんの最低さに、押し込んでいたモノが一気に噴き上げてきた。

もう我慢しきれない。
こうなったら権利もクソもない。
言ってやる!ボロカスに叱りつけてやる!
全部言い切るまで俺の口は止まってなんてくれませんからねっ。

「だいたい柏田さんも柏田さんですよ!上司だかなんだか知りませんけど、自分の恋人が他人に手ぇ出そうとしてるんですから、頭でも腹でも殴りつけてやればいいんでっうわっ!!」

派手なクラクションの音が聞こえるなり大きく蛇行した車に、身構えもなにもなかった体が振り回され、頭や肩を強かに窓にぶつけて痛みに呻く。

どうやら反対斜線に飛び出したところ、対向車とぶつかりかけて慌てて避けたらしい。

「っ…」

浅北さんまでも座席のヘッド部分で額を打ちつけたらしく、片手で押さえ痛みに耐えているのか柏田を叱る声も出ないようだ。

「申し訳ありません…」

普段の能面キツネ顔から血の気が引いている。事故を起こしかけたショックから青ざめているのかと思いきや、実際のところは俺が気づかなかっただけで、その前から柏田の顔色は土色だった。


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