キリリク | ナノ


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「帰る」
「へっ?わっ!あっ待って下さいよ、利一さんっ」

飲みかけのシャンパングラスを翔太に押しつけ、慌てて引き止めようとする腕をすり抜けパーティ会場から出る。
白壁に黒曜石の廊下というなんとも金持ちそうなここは、普段なら滅多と足を踏み入れない高級ホテルだ。
セレブには遠い一般庶民の俺がどうしてこんなところで、一流ブランドのスーツを着てシャンパンなんて飲んでいたのか。
それは一年前、恋人という関係になった男のせいだ。
こういった改まった場は苦手だといったのに、半ば強引に引っ張ってきておいて。会社関連のパーティかなにか知らないけど、挨拶という名目で寄ってくる女、時々男に会場に着いて早々から囲まれ、随分と楽しげに話し込んでいる。
まぁ俺だって仕事だというなら、二時間程度放っておかれたところでここまで怒ったりしない。気に入らないのは。

「ベタベタしやがってっ。巨乳腕に押しつけられて鼻の下伸ばしてんじゃねーよっ」
「伸ばしてはいなかったっすよ」
「おわっ!いたの、おまえ」

ぬっと後ろから覗き込んできた翔太に驚いて立ち止まれば、がっしりと腕を掴まれてしまった。離せと振り払おうとするも、普段のヘタレさからは想像出来ない力で捕らえられ、そう簡単に離してくれる気はないようだ。

「俺は帰りたいの!翔太は浅北さんのとこ戻ってろってっ」
「そういうわけにはいかないっすよ。縁さんには柏田さんがついてるんで大丈夫っす。オレは利一さん担当っすから」
「飼育動物みたいに言うなっつの!いいから離せよっ」
「あれぇ〜?りいっちゃん。こんなとこでなにやってんのぉ?」

必死に手をふりほどこうと腕を振り回す俺の背中が、急に重くなったと思えば、間延びした声が耳の後ろから聞こえてきた。

「神田!おまえこそなんでいんの?」

つり気味の目につり気味の眉。チャラ男の名前が実に似合う友人の突然の登場に、翔太の腕を払うのも忘れ、ポカンと開いた口で振り返れば、にやけた顔がすぐ目の前。その後ろに目をやると、ゴージャスな巻き髪のスレンダー美人がいた。
相変わらず、連れている女のレベルが高い奴だ。

「オレ〜?冴子さんとデート。ここの最上階のラウンジがいいっていうから、じゃあちょっといこっか〜て。ねぇ?」
「夜景が綺麗だし、雰囲気も落ち着いていてとても素敵なのよ。もしよろしければ、ご一緒にいかがかしら」

シャンパンゴールドのドレスに似合う、暗めの赤をひいた唇を上品に持ち上げ、神田の言葉を引き継ぐのは、なんともいえない大人の余裕で。翔太なんて開いた口が塞がらないのか、冴子さんを眺め硬直してしまっている。
てか、もしかしなくてもチャンスじゃね?腕を掴む力が緩んでいることに幸いと翔太を振りほどいて、冴子さんの後ろまでダッシュで逃げてやった。
あっ!と声を上げるものの冴子さんを盾にした俺を、無理やりに引っ張ることは出来ないらしい。
気性の荒っぽい男だらけの環境にいる翔太は、冴子さんのようなセレブリティな女性がどうも苦手なようなのだ。

「ひっ、卑怯っすよ!」
「はぁー?なんのこと?俺は神田と冴子さん?と上のラウンジ行くから。じゃあな翔太」
「利一さんっ」

いいの?と問い掛ける目で見据えてくる冴子さんに笑顔で頷いてみせ、笑いをかみ殺している神田を引っ張りエレベーターに乗り込む。扉が閉まる隙間から蒼白になった翔太の顔が見えたけど、気の毒と思えど戻ってやる気はまったくない。

「ゴメン、翔太。俺のために死んでくれ」

とびきりの笑顔をつくってヒラヒラと手を振る俺と、泣きそうな翔太とのあいだに厚いドアが無情にも閉じた。

「あの子、いいの?」
「いいんですよ。あいつ打たれ強いんで」

さすがは高級。静かな機械音で上階へ上がっていくエレベーターのなか。冴子さんが今度は声に出して聞いてくるのを、階数を示す金色の針を眺めながら、意地を張るようにきっぱりと言い切る。


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