キリリク | ナノ


▼ 2

「柏田」
「はい」

告げられた言葉に驚いたのはオレだけではなかったようで、不敵に笑っていた顔を凍りつかせた男に兄貴がスーツの胸ポケットから数枚の写真を取り出し、その眼前に見せつけるように差し出した。
そこに映っていたものを目にした途端、瞠目して押し黙る男を見やり、縁さんが小さく首を傾け口角を持ち上げる。

「次はどう逃げますか?言っておきますが、ロイドがどこのシマか知らなかった、なんていう言い訳は通じませんよ」
「……っ」
「もっと見苦しく逃げて下さっても結構ですよ」
「チクショウッ!!!!!」

追い詰められヤケクソに男が叫ぶのと、兄貴が男の腕を捻りあげて捕らえるのとが同時。
拘束され悔しげに呻く男を冷えた目の笑み顔で見据え、縁さんがそちらへ歩み寄る。
と、一歩その足が踏み出したところで、この場には不釣合いなピリリリッという高い電子音が部屋に響いた。立ち止まり縁さんが携帯を取り出す。

「………!!!!!」

そのお顔はなんですか、縁さん!?

携帯の表示を見るなり一変した縁さんの表情に、オレはあまりの衝撃から声を呑んで音にならない驚愕の悲鳴を上げてしまった。あんぐりと開いた口で振り返り、ドア前の組員たちを振り返れば、そちらは微妙な半笑いを浮かべている。

どういうこと?ねぇ、どういうことっすか!?

見間違いかともう一度縁さんを見れば、すでに床に転がる男なんて目に入っていないご様子だ。鋭利に冷えていた目の光はいったいどこへいったのか。口元も心なしか緩んでいるような気がする。いや、絶対に緩んでいる。間違いなく緩々だ。

「……ええ、メール見ました。仕事中?いえ、今日は平和なものですることもなくて。書類整理くらいですよ」

嘘つけぇええええええええっっっ!!!!!
平和!?いま目の前に広がっている光景を平和というなら、世界戦争だって、ちょっとした痴話喧嘩で通るっす!!!!!!!!!!

緊迫した空気を放り出して電話をかけた挙句、いままでとは別人といっても誰も疑わないのではと思える豹変っぷり。
優しげな声音で電話相手に話しかけている縁さんに、死刑宣告なんて考えていた数分前のオレの葛藤は綺麗に吹き飛んだ。

「お土産なんてそんな気を遣わなくても…。え?もうすぐ駅に着くって、帰ってくるのは明日じゃなかったんですか?……そうですか、わかりました。30分後に駅のロータリーまで迎えに行きます」

迎え!?いやいや、待って下さい。そんな、コレ。ちょっと、この状況をどうするつもりっすか!?

なんとか言って下さいよと柏田の兄貴を縋る目で見れば、暴れようとする男の、後ろに捻り上げた腕に手錠を嵌め、鳩尾に足の爪先をめり込ませて気絶に追い込んでいた。
同じ空間でこの状況の差はなんなんでしょう。

「それでは、またあとで」
「あ、縁さんっ」

通話が終わったのか携帯をポケットにしまい部屋を出て行こうとする縁さんに、さすがにこのままではと慌てて引き止める声をかける。
肩越しに顔だけで振り返った縁さんが、思い出したように小さく、ああ、と呟くと気を失ってグッタリと床に伸びた男を一瞥し、

「事務所に放り込んで、荻里さんにしっかりケジメつけにきて下さるように、言っておいて下さい」

それだけ告げると、あとは振り返らず出て行ってしまった。あっさりと退いてドアを開け縁さんを通した見張りはともかく、兄貴まで引きとめもしないなんて。
いまの電話はそんなに大事な用事だったんだろうか。

「…姐さんか」
「姐さんだろうな」
「一週間前から北海道のほうに旅行に行ってたみたいですよ」

呟き合う組員たちに、兄貴が単調に応じている。


prev / next

[ Main Top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -