キリリク | ナノ


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言っておくけどオレは肝が小さいわけじゃない。
中学、不良。高校は途中で退学になって、族の頭なんかしていたわけで。
それなりに場数だって踏んではいるんだ。
そんなオレ、平塚翔太の股間の玉が現状気の毒なばかりに縮みあがっている。

「あなたの脳みそは食用ですか?」

肝胆寒からしめるような地底を這う閻魔ボイスとでもいおうか。どんな豪胆な男でも心臓が凍りつくんじゃないか、コレ。言われた本人でもないのに、オレの背中は冷たい汗でビッショリだ。
正直、アイス買ってこいよ100個と言われても、いまなら喜んで飛んでいく。この場から逃げられるならパシリだろうが、なんだろうが進んで立候補したい気分だった。

「おいおい、あいつ死ぬんじゃねえか?」
「この前の抗争で本田さんが務めいったばっかだろ。さすがに縁さんも立て続けには…」
「ゲッ!痛そうっ…もろ入ったぞいま。柏田さんも容赦ねえなぁ」

ボソボソと囁く声が、逃げないようにと出入り口であるドアの前を塞いで突っ立った男たちのあいだから聞こえてくる。そちらを横目に見れば、肩で風をきって歩く。なんて古い表現だが、まぁそんな感じで街を闊歩しているだろう、見るからにヤクザな男たちの顔がいつになく青褪めていた。オレの顔も同じようなことになっているんだろう。
蹲った男の顔面を蹴り上げ仰向けに床にひっくり返したあと、その腹を無表情で踏みつける柏田の兄貴。それをこれまた無表情に眺める、浅北組五代目組長。

恐ろしい。
まさに地獄絵図だ。

「…っし、…知らねぇ…薬なんて、売ってね…ぇ…よ…っ」

腫れ上がった頬と唇でうまく口が開かないのか、くぐもった声でけれど必死に声を絞り出す男に、腹を踏みつける足を弱め兄貴が縁さんを振り返る。
それを見返したあと、縁さんの視線がこちらへと向けられた。その瞬間足の爪先から頭の天辺まで緊張が走る。

「平塚」
「へ、へいっ」

怒鳴りつけられたわけじゃなく、名前を呼ぶ縁さんの声音は静かなものなのに、名指しされたオレは背筋をピンと伸ばしてひっくり返った返事を返してしまった。
いつもなら情けないと小馬鹿にして笑うだろう組員たちも、いまは同情の目をむけている。
それと同時に呼ばれたのが自分じゃなかったことに、安堵しているだろう。
オレだって出来れば、完全傍観者の位置にいたかったよチキショウ!

「こちらさんは、そうおっしゃっているんですけど」
「ちがいますよ!オレ、ちゃんと見たっす!!そいつがロイドで女神売ってるとこ。嘘じゃないっすよぅ…」

とんでもないことを言い出してくれたもんだと床に這い蹲る男を睨みつけるも、じっと見据えてくる縁さんの視線に次第に声は小さくなって、口がへの字に曲がってしまう。
本当に嘘なんかじゃない。

兄貴の命令でロイドというクラブを張り込んで一週間。間違いましたと笑って許される相手じゃないことをちゃんと踏まえて、注意深くたしかめた上での報告だ。
この男が女神という名のドラッグを売っていたバイヤーなのは間違いない。

「嘘つくんじゃねえよっ。俺が捌いてたって証拠はねーんだろっ」
「なっ!……」

証拠という相手の言葉に、怒鳴りつけようとした言葉が詰まる。
この目ではっきりと見た。といっても形に残るものではない以上証拠というには不完全だ。
一緒にその場にいた相棒の虎和も見てはいたけど、所詮は俺たちのような下っ端の証言なんて信じてはもらえないかもしれない。

すっと眇められた浅北の目に、これから自分があうだろう制裁を想像してワナワナと震える唇を噛んだ。
悔しい。怖い。けれど証拠がない以上、嘘だ嘘だと騒ぎ立てたところで現状が良くなるわけでもない。
クソッ…最悪だ。

「証拠ならあるんですよ」

冤罪なのに死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで、次に発される縁さんの言葉を待っていたオレは、聞こえた言葉に一瞬自分の耳が都合よく壊れてしまったのかと我が耳を疑った。
顔を上げて縁さんを見れば、その目はオレから逸れて、歪んだ笑みを浮かべていた男に向けられている。


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