君がため〜 | ナノ


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「限定版ですけど売り切れてて、通常版しかありませんでした」
「えぇええっ!限定版のチロリちゃん手拭い!!!シノちゃん行くの遅いんだよっ。だから自分で買いにいくって言ったじゃん!」
「なので、以前に捺巳さんが欲しいと言ってたマジカルチャイナっ子蓮蓮ちゃんのチャイナ三千年モードバージョンのフィギュアを買ってきましたから、それで勘弁して下さい」

ゲームの袋の中に一緒に入れてあるフィギュアをどうぞと差し出せば、急激に悪化しかけていた捺巳さんの機嫌が逆に上昇し始めた。
俺なりの苦肉の策だ。
あんな人形に5万という値段がついていることは納得がいかないが、機嫌を損ねてせっかく大人しくしていてくれている捺巳さんに、また脱走癖を発揮されることを思えば安い出費だろう。

「でもさぁ、これ高かったでしょ?いいの?」
「最近、大人しく…はともかく屋敷を抜け出したりせずにいてくれましたからね。そのご褒美とでも思って下さい」

返されたところで物が物なだけに処分に困る。それなら遠慮などせずに受け取ってくれたほうが、懐から出ていった5人の諭吉も恥ずかしい思いまでしてレジに並んだ弘田も報われるというものだ。
俺がそんな風に思っているとは知らず、捺巳さんはキョトンとした目で俺と手に持った袋を交互に見やった後。

「シノちゃんサンタクロースみたいだね」
「俺が、ですか?」

それは良い子にしていればサンタがプレゼントをくれるとかいう、子供への夢物語のことだろうか。
子供に夢を与える存在のサンタクロースに、子供からも夢を奪いとる勢いの世界にどっぷり浸かった俺が例えられるとは。
あまりの不釣合いさにどう反応してよいのかわからず、困惑から黙り込んでいるとそんな俺の態度に捺巳さんが小さく噴き出した。

「そんな困った顔しないでよ。怪しげな格好で不法侵入を繰り返してる変質者チックとか、そういう意味で言ったんじゃないから」
「フォローになってないどころか、思いっきりサンタクロースのイメージを地に落としてます」
「えー?現実なんてそんなもんでしょ」

ケラケラと笑い出す捺巳さんに、身も蓋もないイメージで語られた善意のサンタクロースに同情してやりたい気分で溜息をつく。
サンタ愛護団体なんてものがあったら、確実に訴えられる言いようだ。

「まぁ、サンタとかはどうでもよくて。人生初のクリスマスプレゼントだし、ホント嬉しいよ」
「…人生初、なんですか?」
「うん。俺の家貧乏だったから、クリスマスなんて祝う余裕もないし、プレゼントも貰ったことないんだよね」

大袈裟な表現ではと聞き返すも、あっさりと頷く捺巳さんをみるかぎりどうもそれは事実らしい。
中学の頃にはとっくにグレあがっていた俺だが、そんな俺でも小学生の頃くらいまでは親からクリスマスの度にプレゼントを貰っていた。
誕生日、クリスマス、正月というのは1年のうちで楽しみな三大イベントだったし、日が近づいてくればソワソワしたものだ。
だから捺巳さんが一度もクリスマスプレゼントを貰ったことがないなんて、そんなこと思ってもみなかった。
考えてみれば捺巳さんの父親である洋一さんは、捺巳さんが10才にならないうちに他に女をつくって借金だけを残して逃げたのだ。
それ以来、母の手一つで育てられた捺巳さんが苦労してこなかったわけがない。
その母親も3年前に過労が原因で亡くなったと聞いている。
きっと俺なんかでは想像出来ないくらいに、辛い時期を過ごしてきたのだろう。
そう思うと目の前で袋の中をゴソゴソと嬉しそうに漁っている捺巳さんに、胸の内にズキリとした痛みを感じた。

「クリスマスやりますよ」

気づいたときには口走っていた。唐突に宣言した俺に、フィギュアをうっとりと眺めていた捺巳さんがポカンと口を開く。

「なに言ってるの、シノちゃん」
「外へ出るのは無理だし状況が状況なんでド派手なパーティーを開くわけにもいきませんけど。クリスマスツリー飾って、ケーキとご馳走用意するくらいなら出来ます」

内輪で集まって祝うくらいなら問題はないはずだ。そういってやればますます意味がわからないというように、捺巳さんが目を瞬かせる。

「どうせ予定もないんだから、24日にいいでしょう」
「そりゃ外に出れないんだから予定もなにもあったもんじゃないけどさぁ…」
「親父や恭悟さんにも声かけて…あと暇してる若いのにも言ってやりゃ喜んで参加しますよ」
「みんなでやるの?」
「大勢は嫌ですか?」
「別に人数はどうでもいいんだけど…まぁいいや」
「?」
「楽しみだねぇ」
「ええ」

なにやら言い淀む様子にも期待を込めた捺巳さんの笑顔を向けられれば些細な事かと誤魔化され、俺の思考は24日の準備についてのアレコレへと移ってしまった。



「て、ことなんで24日は空けといて下さい」

24日まであまり日がないということであの後、俺は準備の為に駆け回り親父への約束をとりつけ、今はちょうど仕事の報告の為に屋敷に来ていた恭悟さんを離れの応接間に引っ張り込んでスケジュールの調整を強請っているところだ。

「まぁ、イブの予定は今年もキャバクラのイベントに行くかってくらいだったしぃ。可愛い要ちゃんのお願いだってぇなら、空けてやんねぇこともねーよ」

どうしてこの人は毎年クリスマスがキャバクラのイベント参加なんだ。
恭悟さんが一声かければクリスマスを一緒に過ごす相手なんて簡単に見つかりそうなものなのに。まぁそのお陰でこうして24日の約束がとれたわけなのだから、下手なことを言って機嫌を損ねないよう浮かんだ疑問は口に出す前に呑み込んでしまう。

「で、親父はどうなのよ」
「夕方からなら時間がとれるって言ってましたよ」
「…確か夜から宮橋さんに食事に誘われてるっていってなかったっけかなぁ」
「大した用事じゃないからキャンセルするっていってたんですけどね」

宮橋といえば久龍会が懇意にしている不動産屋の社長の名前だったはずだ。そんな相手との約束を蹴ってまで捺巳さんとのクリスマスイベントをとるとは…。


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