君がため〜 | ナノ


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「わかってる。わかってるって。だからこうして可哀想だと思うから俺も付き合ってやってんだろ?」

また振り向かれでもしたら厄介だと、感情的になっている弟分を宥めにかかるも、相手はミラー越しに不満げな視線を寄越し全力で拗ねているアピールだ。

「ずっと車ん中でエロ本読んでたくせに…」
「俺まで一緒に行ったら余計に目立つだろーが」

それは建て前であって、本音は死んでも一緒に並びたくない。なのだが今そんなことを言おうものなら、このまま無理心中でもさせられかねない。

「っとに、なんで引き受けちゃったんですか。断わってくれりゃ良かったのに…」
「断わったっつーの。したら自分で買いに行くってきかねぇんだから仕方ねぇだろ」
「兄貴は捺巳さんに甘すぎっす」
「あのなぁ、捺巳さん相手にぶん殴っていうこと聞かせるわけにゃいかんだろーが」
「それはそうっすけど…。てか、兄貴が買いにいけばよかったんじゃ…」
「いやー弘田君、今日もいい天気だねぇ」
「兄貴!!!」

それが嫌だから若衆を集めてジャンケン大会を開催したんだっての。
見事に一発で負けてくれた弘田には感謝の気持ちで今なら頬っぺたにチュウくらいならしてやってもいい。
彼女一筋の弘田にしてみれば迷惑なことこの上ないだろうが。

「まぁそう怒んなって。今日の礼に24日の夜くらい休みにしてやっからよ」
「ホントっすか!?」
「おー、マジマジ」

それまでこの世の終わりのような悲愴感を漂わせていたくせに、現金な奴だ。クリスマスイブの夜に休みを貰えると聞くなり、キラキラと目を輝かせ頬を緩ませている。

「付き合って初めてのクリスマスなんだろ?俺も馬に蹴られて死にたかねぇからな」

ちょっと優しい兄貴風を吹かせてやれば、すっかり機嫌の直った弘田が順調にステアリングを操りながら車のスピードを上げて、今にも鼻歌を歌い出しそうな気配だ。

「兄貴はどうするんですか?」
「あ?俺は今別にいねぇし、普通に捺巳さんのお守りして過ごすしかねぇだろ」

なんの嫌味だと片眉を上げてミラー越しに軽く睨みつける。
弘田と違って俺にクリスマスイブを一緒に過ごす相手などいない。
去年も一昨年も恭悟さんにキャバクラのクリスマスイベントに一晩中引っ張り回されて終わったし、今年はといえば手の掛かる主の世話でクリスマスもなにもあったもんじゃない。

「だから、その捺巳さんと一緒にクリスマスやらねぇんっすか?」
「誰が?」
「兄貴が」
「誰と?」
「捺巳さんと」
「…なんで俺が捺巳さんとクリスマス祝わなきゃなんねぇんだよ」

律儀にこちらの問い掛けに答えて寄越す弘田が、信号待ちで車が停まると肩越しに振り返り不思議そうに俺の顔を見やってきた。

「だって兄貴、捺巳さんのこと好きなんでしょう?」
「はぁああああっ!?」
「ちょっ!兄貴っ…ぐる、じぃ…っす…っ」

さらりと当たり前のように決めつけられた俺の気持ちに、車のガラスがビリッと振動するほどの大声で叫んで弘田の首根っこを引っ掴む。

「なんでっ」
「…っ、んでって、…」
「ぁあ!?」
「…の、どっ…喉絞まって…っ」

蛙が潰れたような声で離してくれと訴える相手に、意図せずに締め上げていたらしい手を離して解放してやれば、一気に入り込んできた酸素に噎せた弘田が深呼吸を繰り返す。

「あー…死ぬかと思った。ってか、信号青じゃんっ」
「オイ、ヒロ!勝手に話終わらせてんじゃねぇぞっ」

呼吸が落ち着けば前へと向き直り、話を打ち切るかに車を発進させる相手の肩を掴んで身を乗り出した。
確かに俺は捺巳さんに惚れ込んでいるが、それは恋とか愛とかそんな甘ったるいもんじゃない。
変な誤解をされたままでは目覚めが悪いと食ってかかれば、わかったから暴れないでくれと蛇行する車に弘田がステアリングを必死で握り締める。

「でも、なんで捺巳さんなんですか。兄貴には悪いっすけど、俺にはどう見てもオタク電波にしかみえないっすよ」
「あー…」

弘田には捺巳さんとの出会いについては話していない。もし初めて出会ったのが今の捺巳さんだったなら、俺だってこんな感情を持つことはなかっただろう。
弘田の疑問も当然といえば当然だ。

「昔に、ちぃとあってな。そん時の捺巳さんはよ、すげぇ男っぷりだったんだぜ。今からしたら幻覚でも見たんじゃねぇかってくらいの豹変っぷりだけどな」
「想像つかねぇっす」
「だよな」

余計なことは聞かずにひょいと肩を竦める弘田に、俺もだと笑って煙草に火をつけようとしたが、見覚えのある門に気づいて咥えた煙草を箱に戻す。
屋敷に戻ると弘田から受け取ったゲームを手に、離れの捺巳さんの部屋へと向かった。
見張り番に一声かけてノックの後返る返事にドアを開けると、相変わらずのオタク部屋だが今日も大人しく部屋で引き篭もってくれていたらしい相手が、欠伸を噛みながらベッドを降りるところだった。

俺が携帯をへし折った日から、意外なことに捺巳さんは屋敷を抜け出すことをしなくなった。とはいえ、それ以外は相も変わらずの捺巳さんっぷりなわけだが。

「その様子だと俺が送ったメールは見てないみたいですね」
「メール…?」

せっかくだから最新機種をとねだられて新しく買ってやった携帯を枕元から拾い上げ、寝ぼけ眼でディスプレイを見つめる捺巳さんに、受信メールを確認するよりも今言った方が手っ取り早いと買ってきたゲームを掲げてみせる。


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