君がため〜 | ナノ


▼ 6

「川部さんだっけ?」

捺巳さんの口から出た若頭の名前に、自分の思考にトリップしかけていたところを引っ張り戻された。
今まで一度も捺巳さんが川部の名前を口にしたことはない。興味がなさすぎて若頭の名前どころか存在すら気にも留めていないと思っていたが。

「若頭がなにか?」
「みんながその人を会長にしたくないのはわかるけど、だからってなんで俺にそこまで執着しちゃうかなぁ」
「捺巳さんが組にとって必要だからです」
「形だけの会長に?」
「……っ」

いきなりの核心に思わず否定しようとするも、喉元まで出かかった違うという声を発することは出来ず、複雑な面持ちでグッと奥歯を噛み締める。

「そんな顔しないでよ。別に責めようなんて思ってないから」

ケラケラと笑いながら片手を振ってみせる捺巳さんを真意を探るように見据えるも、浮かんだ表情からはなにも窺い知れず。
なにをどう告げていいのかわからずに黙り込んだ俺の様子に、捺巳さんの猫目がスッと細められ、どこぞの物語に出てくる派手な色をした猫のような笑い顔が目の前。

「困ってるときに役に立つものが身近にあったら誰だって使っちゃうし、俺だって納得済みで引き受けたわけだからシノちゃんが気にする必要ないよ」
「知っていて引き受けたんですか?」
「うん。俺を跡継ぎにする意図くらい普通に考えればわかることでしょ。そんなことよりもわからないのはね、シノちゃんのことだよ」
「俺の?」

相手の言わんとしていることがわからず、訝しげに眉を寄せれば背凭れから起こした上体を前のめりに倒し、捺巳さんの目が覗き込むように下から見上げてくる。

「俺が会長になったとしてもさ、シノちゃんを上に引き上げてあげる力も権力もないわけね」
「俺は、出世したくて捺巳さんに仕えてるわけじゃない」
「じゃあなんの為に、そこまで献身的になってるの。シノちゃんにはなんの得もないじゃない」
「それは…」

俺が捺巳さんに仕える理由。

毎日毎日、ぶっ飛んだ相手の調子に振り回され、3年前に出会った男とこの主とは実は別人だったのではないのかと思ったことは何度もある。
それでも、奇行を繰り返すそんな中でも時折みえるあの日の面影が間違いないと確信させるのだ。
今だって、じっと見上げてくる目は心の中を見透かされているような、あの日見たものそのままで。
激しさはないけれど、静かに澄んだ強さが心臓を強く握り込まれているかの錯覚を与えてくる。

「3年前のことが理由?」
「思い出したんですか!」
「いや、全然」

3年前、という言葉に思わず身を乗り出せばぶつかりかけたのか椅子を引いてその分の距離をとった捺巳さんがあっさりと否定した。
忘れ去られていることは再会した一ヶ月前から知ってはいるが、もしやと期待しただけにガックリと肩が落ちてしまう。
まぁ、再会直後の落ち込みっぷりに比べればまだ軽いものではあるが。

「…とにかく、俺はアンタに貰った恩があるんです。それを返したい。俺が捺巳さんに仕える理由はそれですよ。それと」
「それと、なに?」
「俺は、アンタが頭の器に相応しいと思ってる。久木捺巳を飾りもんの頭になんて据える気はありませんから」
「……へぇ」
「捺巳さんは覚えちゃいねぇんでしょうけど、俺はアンタになら一生仕えてもいいって思ったんです」
「…………」
「だから、ちったぁ本気になって下さい」

いつまですっ呆け続ける気なのだと、尻を叩くつもりでそう言えば、捺巳さんは一瞬だけ目を瞠った後、楽しげに口角を吊り上げて笑った。



クリスマスなんていう西洋宗教のイベントが間近に迫った12月22日。
街には軽快なリズムのクリスマスソングが流れ、赤や緑といったツートンカラーで埋め尽くされている。
俺たち極道者の中にも家族サービスや恋人との甘いひとときを過ごす為に、プレゼントがどうのサプライズがどうのといった話題で盛り上がっている奴も多く、すっかり浮き足立ったムードに包まれていた。

「今朝一番に白河がケーキ屋にすっ飛んでいったんだけどよぉ。あの顔でケーキ屋とかシュールすぎだろ」
「…そうっすか」

運転席の弘田に、悪役レスラーのような外見をした俺の同期をネタにして話を振るも、いつもなら爆笑で返してくる相手だというのにどうにも反応が薄い。

「まだ、怒ってんのかよヒロ」
「怒ってません」
「じゃあなんだっての」
「今年始まって以来、最大の凹みっぷりなんです…もうそっとしといて下さい」

背中から漂っているどんよりとした空気と半泣きの声。ここまで弘田が情けなく弱るなんて滅多にないことだ。

「そこまで凹むことか?」
「当たり前っすよ!!」
「ちょっ!ヒロッ。前!前見ろ!あぶねぇだろっ」

俺の呟きに敏感に反応した弘田が唐突にグルリと首を回して鬼の形相で振り返ってきた。
もちろん車は走行中で、脇見運転どころの話ではない。
反対車線にまで飛び出した車に慌てて弘田を諌めれば、けたたましく鳴らされたクラクションに悪態をつきながら前に向き直った弘田がまたしても深い溜息をついた。

「なんで俺がギャルゲー買うのに2時間も寒空の下並んで、指差されてコソコソ笑われたりしなきゃなんねぇんっすか。あの空間で俺一人すげぇ浮いてたんですよ」
「それはオマエがジャンケンで負けたから」
「そんなこと言ってんじゃねぇっす!」


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