君がため〜 | ナノ


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緩く癖のついた淡い茶色の猫っ毛に、短めの眉と垂れ目。小綺麗に整った顔に眼鏡をかけたその姿は、知的でいかにもインテリといった感じだというのに。
残念なことに周囲を取り巻く美少女たちのオタク部屋が全てを台無しにしている。

「この気持ち悪ぃ空間なんとかして下さいよ。うちの若い衆ら全員精神科送りにするつもりですか?」

俺の苦情に椅子の上で体育座りした膝に頬杖をつき、捺巳さんが心外だとばかりに顔を顰める。

「あのさぁ、神聖なる二次元世界の素晴らしさを無粋なヤクザに理解しろだなんて言わないけどね」
「じゃあ言わないで下さい」

バッサリと斬り捨ててやるも、そんなことで黙る相手ではない。

「マジカルチャイナっ子蓮恋≪レンレン≫ちゃんも、ラヴチョコの巨乳ツンデレ女子高生桔梗ちゃんも、どの子も俺にとっては癒しの天使ちゃんなわけ。こんなむさ苦しくて窮屈な生活一ヶ月も強制されて、その上唯一の癒しも奪おうなんてヤクザって悪魔なの?ドSなの?地獄からきた鬼畜キング様なの?血も涙もな…」
「わかった!わかりましたよっ。俺が悪かったですよ!!二次元でも四次元でも好きに楽しみゃいいだろっ」

マシンガンのように捲くし立てる捺巳さんを、もういいと頭痛を耐えて遮る。
二次元の女を天使だなんだと言い切る嗜好には聞いているだけでげんなりとするが、それでも大人しくしてくれるというのなら、そこは100歩譲ってやろうじゃないか。

「その代わり、絶対に一人で屋敷の外へは出ないで下さいよ」
「今の蓮蓮ちゃんの表情萌滾るぅううーっ。あんな妹オレも欲しいよーっ蓮蓮ちゃんマジ女神っ!マイジャスティス!!」
「聞けっつーの!!!」
「なにシノちゃん五月蝿いんだけど」

誰か俺の忍耐力を褒めてくれ。
この男、まともに人の話など聞きやしない。
右から左どころか、耳に入る前に全部弾き飛ばされたのでは、何度気をつけてくれと頼んだところでまったくもって意味がないじゃないか。

恭悟さんは簡単に言ってくれるが、こんな相手をどうやって大人しくさせておけというのだ。
捺巳さんの取扱説明書なんてものがもしこの世にあるのなら、なんとしてでも手に入れたいと、頭を抱えたい気分で深い溜息を吐く。

「てかねシノちゃんさぁ」

名前を呼ばれ、重力に逆らいきれずに下がりぎみになっていた頭を上げると、いつの間に目の前まできていたのか、捺巳さんの整った顔がすぐ傍にあって思わず一歩後退った。

「なっ、なんですか?」

咄嗟に返事を返すも、どもった上に若干引っくり返りかけた声が動揺していますと自分からバラしてしまっているかで居た堪れない。
顔に熱が集まるのを感じ慌ててそっぽ向こうとしたが、伸びてきた捺巳さんの両手に頬を挟まれ固定されてしまった。
じっと硝子玉の目が俺の顔を凝視してくる。
至近距離で見つめ合っている状況に、普段は意識することのない心臓の鼓動がやけに気にかかってどうにも五月蝿くて仕方なかった。

「捺巳、さん。あの…」
「クマ」
「熊?」

いきなりの接近に意味がわからず一体どうしたというのかと尋ねようと口を開けば、俺の顔をまじまじと見据えたままの捺巳さんが小さく首を傾げて一言。

「目の下すごいクマだよ。睡眠不足ってイライラするんだってね。だからシノちゃんって怒りっぽいんじゃないかなぁ」

クマ、と目の下の辺りを指差され、ついさっきまでの甘酸っぱい空気をぶち壊すまるっきり自分を棚上げにした言いように、口角がヒクリと引き攣る。

「誰のせいだと思ってるんですか」
「えー、オレかな」

苛立ちを抑えながら嫌味に問えば、あっさりと返ってくる答えに眉間に深い皺を作り頬に添えられた手を払い除けた。

痛い、という文句は無視だ。無視。

捺巳さんの世話を任されてから一ヶ月。まともに睡眠をとった記憶はない。
捺巳さんは基本的に必要最低限の頼み事くらいしか自分から口にしないが、だからといって手が掛からないわけじゃないのだ。
少しでも目を離せば脱走を繰り返し、それに加えてこのオタク趣味に変わり者の性格だ。
相手をすることに耐え切れなくなった部下たちに毎日のように泣きつかれ、ゆっくりと休む暇などあるわけがない。
このあいだなんかは無理やり頭にウサギの耳をつけられ、セーラー服を着せられたといういかつい若衆に泣きつかれ、俺が泣きたくなった。

上下関係の厳しいこの世界に身をおいていれば、上の我儘に振り回されることには慣れてくる。それは俺の部下だって同じことで。
そんな俺たちでも捺巳さんに対しては泣き言の一つでも零したくなるのだから、この主のお騒がせっぷりは相当なものだった。

「わかってんなら、もっと協力的になってくれてもいいと思うんですけどね」
「なんで?」
「はぁ?!」

その発言こそ、なんで?だ!!

まさかこんな返しが返ってくるとは思ってもおらず、信じられないものを見る目で捺巳さんを見やれば、柔らかそうな髪を掻き混ぜながら椅子に座り直した相手は普段通りの飄々とした態度で背凭れにふんぞり返り。

「俺なんて確かに頭はいいし顔もいいけど、か弱いただの一般ペーポーなわけじゃない?アピールポイントっていったらオタクってことくらいでしょ」
「いや、オタクってのは別にアピールするとこじゃねぇし」

むしろ積極的に自重して欲しい。
人の趣味の良し悪しをどうこういうつもりはないが、それは俺に害が及ばないならというのが前提であって、捺巳さんの場合はその条件に当て嵌まらない。
今日だって脱走した理由が、オタク仲間たちとのオフ会に参加する為なんていうふざけた理由で、一昨日は確か限定版のエロゲを買いにいく為だった。
毎回毎回、そんな理由で脱走した相手を探し街中を走り回らなければならないなんて、体力的にもそうだが精神的にも大きな疲労感を与えてくれる。


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