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だから捺巳さんが組のことに明るくないことは当然で、それは仕方のないことだ。
賛成派の大半はその辺りの事情を、組のことなどなにも知らず実質役に立たない相手だからこそお飾りとして頭に据えれば御しやすい。
逆に好都合だと、親父の孫である捺巳さんの血筋を上手い具合に利用しようと考えている。
この人が大人しくお飾りの頭に納まるような、そんなタマではないだろうに。
3年前のあの日。もしあの出会いがなければ俺も他の奴らと同じように考えていただろう。
けれど…。
「とにかく、今後外に出るときは俺か、傍にいる奴らに必ず声かけて下さい」
諦め悪くまだ二つに分かれた携帯をくっつけようと握り締めている相手に念押しする。
わかったのかと返事を聞く前に、カチャリとドアの開く音がし反射的に部屋の入口を振り返った。
捺巳さんの部屋の前には見張りを置いているはずで、ノックもなしにドアを開けるような真似は許していない。
「誰だ?」
「誰だとはご挨拶じゃねぇか」
咎めを含んだ誰何≪すいか≫に返ってきたのはのんびりとした口調。聞き覚えのある声だと思うより先に視界に映った相手の姿に張り詰めた気が緩む。
「なんだ、恭悟さんかよ」
俺と並ぶほどの長身をダークカラーのスーツに包んだ四十路過ぎの男。
久龍会の副会長という立場にあり、そして俺の叔父でもある水澤恭悟は、部屋の中に一歩入ったところで左目上に傷のある強面を笑ませ、よぉ、と片手を上げた。
「要≪カナメ≫、ちぃといいか?」
上げた手で手招きされ、恭悟さんの呼び出しにブツブツとぼやきながら座り込んでいる捺巳さんを若衆らに任せて立ち上がる。
廊下に出ると扉横で立っていたライオンのような金髪の男がお疲れさまっす、と挨拶しながら頭を下げてきた。
弘田≪ヒロタ≫という若衆で、年の頃は捺巳さんとそう変わらず二十歳そこそこ。
族上がりというヤンチャで生意気そうな男だが、肝の据わりから腕っ節の強さ。気風のいい性質≪タチ≫が気に入り、直々に拾い上げた俺の可愛い弟分だ。
弘田にすぐに戻ると言い置き、先に立って歩き出した恭悟さんを追いかける。
離れ屋敷から母屋へ渡り、中庭に面した廊下の途中で立ち止まった恭悟さんに、その三歩後ろで足を止めた。
周囲に人の気配はない。違和感を覚え注意深く周りを見渡せば、なるほど。
恭悟さんの下で見たことのある顔がチラホラと数人、程よい距離をあけたところに立っている。恭悟さんが人払いを命じたのだろう。
「また捺坊が脱走したそうじゃねぇか。若い衆5人の目を盗んでなんて、やるねぇ」
暢気に笑いながら寄越された台詞に、苦虫を噛み潰した顔で溜息をつく。
「笑い事じゃねーよ。いくら説明しても自分の状況ってもんを理解しやがらねぇ。今日だってなにもなかったからよかったようなもんで…」
「随分手こずってんなぁ。荷が重いなら降りてもいいんだぜ?」
「降りません」
きっぱりと言い切れば、ニヤリと笑うその反応が憎らしい。どうせこちらの答えなど端からわかっているのだ。
どれほど振り回されて手を煩わされようと、俺が捺巳さんから離れることなどないとこの叔父は知っている。
「あー?まぁなにせ捺坊は要≪カナメ≫の運命の王子さんだしなぁ?」
「王子とかんなメルヘンなもんに勝手にせんでくださいよ。ただ、捺巳さんには恩義があるだけです」
「3年前だっけか。律儀なもんだねぇ。ってもよぉ、本人はすっかり忘れちまってんだろ」
「関係ありませんよ。俺は受けた恩を返したいだけなんで」
「あとは惚れた弱みか」
意地の悪い指摘にフイと視線を逸らせば、そんな俺の反応を楽しむかに喉を鳴らして恭悟さんが笑う。
水澤恭悟という男は、根っからのドSだ。
恭悟さんにしたたか酔っ払っていたとはいえ、あの話をした過去の俺をタイムマシーンでもあれば今すぐに殴ってでも、やめておけ!と諌めてやるのに。
「それより、本題に入って下さいよ。人払いまでして話すような大事な用ってなんです?俺をからかいにわざわざ来るほど暇だってわけじゃないんでしょう」
「可愛い甥っ子の恋の行方が気になっちまってなぁ」
「そういうんじゃねぇって何回言わせんですか。いい加減にしねぇと離れ出禁にしますよ」
相手は天下の久龍会No.3の副会長様であって、俺風情が恭悟さんの行動を制限することなど出来るわけもない。
恭悟さんもその辺のことはわかっているだろうが、じと目で睨み据える俺にこの辺りが引き際だと思ったのだろう。意外にもあっさりと話の矛先を本題へと向けてくれた。
「捺坊を襲ったチンピラ、うちで預かったんだけどよぉ」
「はぁ?恭悟さんトコ回ったんかよ。んな報告受けてねぇぞオイ」
恭悟さんの言葉に眉を顰め呟く。
捺巳さんに絡んでいた傘下野郎らは部下に見張りを任せ、事務所の方に放り込んでいたはずだ。
それがいつの間にこの叔父の元に渡っていたのか。
「アイツら、今度きっちりホウレンソウの意味を叩き込んでやる」
「小学生か新婚さんかよ」
「茶化さんで下さいよ。報告、連絡、相談は俺らの世界でも重視するところです」
どんな組織であってもそれらを蔑ろにしてしまっては統率などとれるわけがない。ましてや大人数の組織ともなれば余計にだ。
部下たちにはホウレンソウの大事さを日頃から教え込んできたつもりだったが、こんな重要な報告を怠るなんて今までのやり方が甘かったというしかない。
「まぁ、そう怒ってやんなって。オマエさんには連絡しとくっつって引き取って帰ったん俺なのよ」
「〜〜〜〜っっ!!」
オマエかよ!!!
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