君がため〜 | ナノ


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いけしゃあしゃあとほざく反抗的な態度に、有言実行とばかりに突きつけた携帯を逆方向に折り曲げてやった。
あああああっ!と叫ぶ声に真っ二つにした携帯を床へと放り捨て、慌てて拾おうとしゃがみ込む捺巳さんを仁王立ちで見下ろす。

「言うこと聞かねぇからです」
「話ならちゃんと聞いてたじゃんっ」
「反省の色がみえねぇんだよっ」

元来、短気な性分だ。
大事な話の最中に携帯を弄るなんてもってのほかだし、俺の連絡は8割方スルーするくせに、サカッチとかいう野郎からのメールはマメに返信しているというのも気に食わない。
俺には反抗的な態度ばかりだというのに、心の友だか同志だか知らないがその差はなんだ。
ここのところずっと捺巳さんの普段の世話から身の安全を寝る間も惜しんで守っているのは俺なのだ。
今だってこうして怒っているのは捺巳さんの身が心配だからであって、そこのところをまったくもってこの主はわかっていない。

「だからって普通マジで逆ポキするかなぁ!今の携帯いくらすると思ってんの!?」
「さぁ」
「前みたいに1万円までじゃ買えないんだよっ。この携帯だって5万くらいしたのにぃっ。それに中のデータどうしてくれんのっ。MSDに移してないやつもあったんだから!」
「自己責任だ!知るかっ」

くだらないデータがなくなろうが、そんなこと俺の知ったことじゃない。元はといえばちゃんと話を聞かない捺巳さんが悪いのだ。
確かに携帯を壊したのはやりすぎかと思わないでもないが、それでもやっぱり謝ってやる気にはなれず、突き放すように怒鳴りつけてやれば、だ。

「シノちゃんの極悪顔!乱暴者!!バカ!ハゲッ!!インポ!!!!」
「禿げちゃいねぇしガンガン硬いっつのっ」

この野郎!!
ヤクザが極悪顔でなにが悪いっ。

乱暴なのは認めるし頭だって中退したとはいえ、難関で有名なT大法学部にストレート合格したという捺巳さんからすれば、馬鹿といわれても仕方がない。
だが俺の頭部はフサフサで禿げの家系でなけりゃ、最近はご無沙汰とはいえ息子は至って元気だ。
これだけは言わせてもらうが、俺の息子が勃起障害であるわけがない。

訂正しろとムキになって捺巳さんの胸倉を掴み上げようとするも、その手は一歩届かず。
これ以上は流石にヤバイと羽交い絞められ涙目の若衆らに押さえ込まれた。

「篠塚の兄貴ぃっ、マジ落ち着いてくださいよっ」
「ぁあ!?離せゴラァッ!テメェらからブチ殺されてぇのかっ」
「あああーーっもうっ!頼むから勘弁して下さいって!!捺巳さんに手ぇ上げようもんなら、親父が黙ってねぇっすよっ!!」
「知るかっ!俺はこのわからず屋に再教育してやんねぇと気がすまねぇんだよっ」
「わかってますっ。わかってますからっ!捺巳さんだって、兄貴のブツがカリデカでガチガチのナイスマラだってちゃんとわかってますってっ」
「股間の話じゃねぇよこのボケッ!」

腕と腰にしがみついてくる若衆らを邪魔だと弾き飛ばし、床に落ちた携帯を拾い上げくっつけようと無駄な努力をしている捺巳さんの前にしゃがみ込む。
捺巳さんのペースにのせられて脱線しまくったものの、当初の目的を思い出し怒りに沸いた頭を鎮める為、ゆっくりと長い息を吐き出した。

「いいですか、捺巳さん。もう何度もいってますが現状、いつ内乱が起きてもおかしくねぇ状況なんです。その原因の中心になってんのは他でもないアンタだ。一人で勝手にフラフラ出歩くなんて、鴨が葱背負って歩いてるようなもんなんですよ」
「だけどさぁ…」
「だけど、なんです?」
「うーん…」

久龍≪クリュウ≫会の内情は言った通り不安定で、その揉め事の中心人物である捺巳さんはいつ襲われてもおかしくない状況なのだ。

一ヶ月前。
月に一度開かれる定例の幹部会議の席で、久龍会の会長である久木洋明≪ヨウメイ≫が、突然連れてきた青年に跡目を譲ると言い出したのが事の発端だった。
孫である久木捺巳を次期組頭にという親父の突然の決定に、表立って不満を唱える者はいなかったが、当然それまで次期の座にいた若頭やその取り巻き連中が大人しく納得するわけもなく。
現在組の内部は会長派と、それまで次期とされていた川部晃≪カワベ アキラ≫の若頭派。
そしてどちらにつくかを決めかねている、といった中立派で三分されていた。
川部たちにしてみれば捺巳さんの存在はこの上なく邪魔なものだろう。

いきなり現れたカタギのガキに。

10代の頃から極道の世界に身を置き、叩き上げで若頭の座まで上り詰めた川部がそう思う気持ちもわからないではない。
それでも俺を含めた半数ほどの組員たちが会長の意見に賛同したのは、今回の話が孫可愛さからだけの決断ではないと知っているからだ。
今となっては珍しい義理人情大事の任侠者を地でいく親父とは違い、川部は金になることならどんな汚い手でも平気でつかう。
筋もなにもあったもんじゃない利己的で卑劣なやり方に、以前から不満を唱える声はひっきりなしに囁かれていた。
川部に組や自分たちの今後を任せる気には到底なれない。
今や組の命運が捺巳さんの肩にかかっているといっても過言ではないのだ。

「今、アンタの身になにかあったら久龍会はしまいになっちまうんです」
「そう言われても、よくわかんないんだよね」
「組のことなんかわからねぇのは仕方ないとは思いますけど、それでももうちぃっとばかし自分の身を守るくらいは考えちゃくれませんか?」
「なんか釈然としない感じ」

ペタリと床に尻をついて三角座りした捺巳さんが、膝に腕を置き頬杖の格好で溜息混じりに呟く。
納得がいかないといった態度に、なにをどう諭したものかと考えるも、頭を使うことが苦手な俺に上手く相手を言い包める方法が思いつくわけもなく。
硬い自分の髪を乱暴に掻き毟り捺巳さんよりも大きな溜息を吐き出す。

今年で23になる捺巳さんは、今まで組など関係のない表世界で生きてきた人間だ。
それというのも、親父の息子である洋一さんが組から出奔した先で出会った女と結婚し、そして産まれた子供というのが捺巳さんだったわけで。
もう20年以上昔の話。その頃まだ鼻っ垂れたガキだった俺が詳しい事情を知っているわけじゃないが、洋一さんが久木の家や組から逃げ回っていたことくらいは知っている。
その為息子である捺巳さんは、一ヶ月前まで久龍会どころか久木の家との関わりすらなかった。


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