君がため〜 | ナノ


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くだらねぇことでムカついて喧嘩するなんざ日常茶飯事。
好きな女取り合って殴り合いの喧嘩だってしたこともある。
だけどその後にゃいつの間にか隣にいて、またくだらねぇことで腹抱えて笑い合った。
中坊のころからずっと一緒にバカやって暴れ回って、俺がヤクザ者になるといや俺もなるとかほざいてよぉ。
冗談かと思えば本気で組入りしやがって、またそっからずっと一緒の腐れ縁だ。

だからこれからもずっと俺たちの仲は続いていくもんだと思ってた。
だってのに、俺の悪友で親友って奴は人の気も知らねぇであっさり先にくたばりやがったんだ。

あの日はたしか昨今にしては珍しい早めの初雪が降った日で。遠慮もなにもなくバカスカ降ってくる雪の中、嗚呼、そういえば風邪引いてたんだっけ。
なんて痛みにクラクラする頭で思いながら、建物の隅に座り込んで雪以外はいつもとなんら変わらねぇ街並みをぼんやり眺めてた。
酷く苛立った気分が不快で感覚がなくなっていく手足みてぇに、この気持ちも凍ってわからなくなりゃいいのに。
そんな風に思うほどには投げやりで。
じゃなきゃくだらねぇことばっか考えちまうわけよ。

どうして俺はアイツの体調の変化に気づいてやれなかったのか、とか。俺がなにかしてればアイツは死ななかったんじゃないかとか。
そんなときだったから、たまたま目に留まった光景にちょっと加勢してやろうかって気になったんだ。

気弱そうな眼鏡がチンピラ共に絡まれて今にも死にそうな顔なんかしてやがるから。
助けてやろうなんて、普段なら絶対に思わないような親切心が出ちまった。

そんときにゃもう熱もクソくれぇに高くなって足元はふらついてるわ、体調なんて最悪でろくに力だって出ない状況でよ。
言い訳なんかじゃねぇよ。実際そうだったって話。
だからさ、まぁ、その後の展開なんてわかりきってんだろ。
助けに入った俺は逆にチンピラ共にコテンパンにやられちまいましたとさ。ってな。

助けてやった眼鏡には逃げられるし、体中いてぇわ意識飛びそうだわ。
あー、こりゃ死ぬかな。なんて笑っちまいそうになったとき。

あの人に出会ったんだ。
さっきの眼鏡と対して変わんねぇ細っこい体で、次々に俺をボコってたチンピラを伸していきやがんのよ。
俺みたいな荒々しい暴れっぷりとは似ても似つかねぇ。なんっつーか、洗礼された動きっての?
こんな綺麗な喧嘩する奴は始めて見たね。強いのなんのって、状況忘れて思わず見惚れちまったじゃねぇか。
弧を描いて繰り出されるハイキック。低い姿勢から見事な跳躍をみせ、回転を加えての回し蹴り。
飛び掛ってくる相手をヒラリと軽い所作でかわして、背に肘を打ち込み地面に沈め、振り返りざまに腕を薙いで顔面に一撃。

舞でも踊っているのかと思う動きを目で追っているうちに、俺の意識はこの男で占められちまった。
それまでグダグダ悩んで膿んでたことなんかすっかり忘れるくれぇに、強烈に男は俺の中に入り込んできたんだ。



傍若無人。

久木捺巳≪ヒサキ ナツミ≫という男を一言で表せばまさにこの言葉がピッタリと当て嵌まる。
なんて、そんな表現はまだ可愛い方で、はっきりと言わせてもらうなら、この男。

脳みそいっちまってんじゃねぇのか!?

「勝手に屋敷抜け出すなって何回言ったらわかるんですかっ!」
「あー…」
「今アンタが置かれてる立場微妙でマジ危ねぇって言い飽きるほど説明したはずですよ!」
「うん…」
「今日だって俺らが見つけんのが早かったから怪我もなくすんでますけどね、案の定きっちり襲われて…って!ちょっと、捺巳さんっ聞いてます!?」
「はいはい、聞いてる聞いてる」
「聞いてねぇだろっこのアホ坊!!!」

硝子が割れるのではというほど思い切りテーブルを殴り、一向に携帯から目を離さない相手を怒りのまま怒鳴りつける。
思わず口から出たアホ坊という言葉に顔を青褪めさせた若衆らが止めに入ろうとするのを、うるせぇ!と一喝して黙らせた。

日本人にしては珍しい190cm近くあるでかい図体と、小さい頃からガラが悪いやら、強面やらと言われ続けてきたこの面で凄みを利かせて睨みつければ、大抵の奴らならビビッて竦み上がる。
が、残念ながら久木捺巳という男の感性は随分と鈍く出来上がっているようで、俺がどんなに凶悪な顔で睨もうが怒鳴りつけようが全く動じる気配がない。

今も周囲の凍りつく空気など素知らぬ顔で、携帯メールなんかを打っている。
時折にやつくところをみれば、相手はサカッチとかいうふざけた名前の野郎だろう。捺巳さんが頻繁にメールのやりとりをしている男だ。

どうせメールの内容なんて、なんたらとかいうゲームのなんとかっていうキャラがどうとか。
暗号みたいな言葉を使いながら、俺には到底理解できない会話をしているに違いない。

「あっ、シノちゃん!なにすんのっ」

おにいちゃん、メールだよ!もーっ誰から!?

なんてツンとした女の声でメール受信を知らせる携帯を奪い上げれば、捺巳さんがムッとした顔で抗議の声を上げ、ノンフレームの眼鏡奥にある猫目で睨み上げてくる。

捺巳さんの目は苦手だ。
テレビやらゲームやら本やらと長時間酷使しまくっているくせに、充血一つない茶色い硝子玉のような目。その目に見据えられると、どうにも尻の座りが悪くなる。
なにやら居心地の悪い思いにかられ怯みかけるも、ここで引き下がるわけにはいかないと負けじと睨み返した。
ようやくこちらを向いた相手の鼻先に、ズイと奪った携帯を突きつける。

「人が喋ってっ時に携帯弄んのはマナー違反ですよ。ぶち折られたくなきゃ、反省みせて俺の話を聞いて下さい」
「だからぁ、ちゃんと聞いてるって言ってんじゃ…」


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