君がため〜 | ナノ


▼ 14

通訳を呼んできてくれと頼もうにも、周りには俺たち以外に誰もいない。もしいたとしても、捺巳さんの話を解読出来る知り合いなど俺には心当たりすらない。
ああ、一人だけいたか。サカッチとかいう野郎だ。けれど残念なことに俺はサカッチの連絡先など聞いたことがなかった。

「なぁ〜に考えてるの?」
「…捺巳さんのことですよ。この状況で他になにを考えろっていうんですか」
「アハー」

他の事など考えている余裕はないと言ってやれば、その答えが満足のいくものだったのか捺巳さんが嬉しそうにニヤニヤと笑う。

「ねぇ、シノちゃん」
「…なんですか」
「メリークリスマス」

夜の中をひらりひらりと白い雪が舞っている。鼻先に冷たい雪の結晶が落ちてきた。唇にはそっと押し当てられる柔らかい熱。
もはやここまで振り回されまくっていると、キス一つで動揺するのも馬鹿馬鹿しくなってくるから不思議だ。

「…そろそろ戻りましょうか。さすがに風邪ひいちまいそうです」

雪は音もなく降り積もり、いつの間にか辺りの景色を白く染めている。
長い時間外にいたせいでひんやりと冷えた捺巳さんの体をそっと押しやり中へ入るように促した。
クリスマスが終われば年末。そして年始がくる。捺巳さんの跡目継承の式までそう遠くない。
式が終われば正式に捺巳さんは久龍会の会長となる。そうなれば俺の世話役としての役目も終わるだろう。
けれど。もし傍にいれなくなったとしても、久木捺巳というこの男が俺の主だということは、これから先ずっと変わりやしない。

「あ、そうだ」
「ん?」

かじかんだ手を少しでも暖をとろうとスラックスのポケットに突っ込んだところで、指先に触れた物に気がついた。
外履きを脱いで廊下へ上がった捺巳さんが俺の声に振り返るのへ、取り出したそれを投げ渡す。綺麗に弧を描き宙を飛んだ物を捺巳さんが危うげない所作でキャッチした。

「年末に発売のバーニングハート萌2の引き換え券です。俺からのクリスマスプレゼントってことで受け取って下さい」

捺巳さん曰く凄い人気の為入手が難しいといわれている、クリスマス発売の携帯ゲームソフト。それをあらゆるコネを使って昨日の夕方ギリギリに手に入れた。
数字の書かれたクリスマスツリーの形をしたプレートを見やり、捺巳さんが半開きにした口から、あ、あ、あ、…なんて声を洩らしている。
本当はもっと別の物にしようと色々考えてはいたのだが、悩みに悩んだ結果。服でも装飾品でもなく、頭に浮かんだのはバーニングハート萌2だった。
萌ゲーといわれるゲームソフトが欲しいのだと知人に声を掛けまくったことで、篠崎がオタク趣味に走ったと陰で囁かれるようになってしまったことは、そのうち噂も消えるだろうと諦めるしかない。

「俺シノちゃんにプレゼントなにも用意してないや…」
「別にいりませんて」
「じゃあさ、来年は今年の分も含めてどーんっと奮発しちゃうね」
「そりゃあ、楽しみですね」

さらりと告げられた来年の約束。
捺巳さんの傍にこれからもいてもいいのだと、そう告げられているようで。なによりもその言葉が俺にとっては嬉しいクリスマスプレゼントだった。

来年も、再来年も、そしてその先もずっと。
俺は俺の唯一無二の主の傍で、

「捺巳さん、メリークリスマス」



- END






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