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「ロ〜ン」
こんなチャンスの場面で、よりにもよって川部にあたってしまったのかという焦りが杞憂だったことに安堵していると、川部が捨てた牌を指差しながら捺巳さんの間の抜けたコールが上がった。
「メンタンピンドラドラ」
立直、タンヤオ、ピンフ、ドラ2。
満貫かよ!!
嘘だろという思いで捺巳さんが開いた牌を見れば、間違いなく役が完成している。ここにきて初めての大きな手だ。
「これはこれは。やられてしまいましたねぇ」
捺巳さんに点棒を渡しながらも悔しげな様子もなく川部はにこやかに笑っている。どうせまぐれあがりと高を括っているのだろう。俺もそう思う。
けれど捺巳さんの猛攻はここから始まったのだ。
今までが嘘のように信じられない思いで次々にあがりっていく主を見やり、俺はといえば夢でも見ているのかと現実を疑ってしまった。
だってありえないだろう。
一試合目までまったく戦力にもならなかった相手が、ガンガン点数を稼いでいくのだ。
あの川部をハコ寸前にまで追い込んでいるなんて。
「はい、ツモ」
またしても捺巳さんがあがり宣言で牌を引っくり返す。そこに並んだ牌を見やった俺と川部、小山田は同時に目を剥いて沈黙してしまった。
「えーっと、これなんていうんだっけ?」
そこに並んでいたのはその華麗な牌姿から数多くの打ち手から憧れられている、役満の筆頭。麻雀最高峰の役とされている、
「九連宝燈…」
「勝負あり、ですねぇ」
信じられないといった川部の呟きに、それまで暢気に寝こけていた恭悟さんが大欠伸で伸び上がると試合終了を告げた。
真っ青に顔を青褪めさせた川部が、ガタリと大きな音を立てて椅子から立ち上がる。
「こんなもんはイカサマだ!!」
「なんのこと?」
「このっ!」
それまで川部の影のように大人しく控えていた小山田が両手を雀卓に叩きつけて立ち上がり怒鳴りつけるのを、卓に頬杖をつきながら捺巳さんがうっすらと口元に笑みを浮かべて見上げる。
火に油を注ぐ態度に小山田が顔を真っ赤にし捺巳さんに飛び掛ろうとするのを、恭悟さんがいつの間に取り出したのか、短刀の鞘を抜いて小山田の鼻先に突きつけ動きを止めた。
「噛みついていい相手くらいきっちり頭に入れとくもんだぜ、小山田?」
「……クソッ」
「その点、さすが川部さんは利口だ。腹ぁ括ってるんでしょう?」
青褪めた顔で立ち上がったまま動かない川辺に、恭悟さんが笑顔で話の矛先を向ける。
話を振られた川部は射殺すかの鋭い目で恭悟さんを睨みつけるも、結局なにも告げずに踵を返した。その後を小山田が追いかけ部屋から出て行こうとしたところ。
「俺の会長就任を認めてね、川部さん」
ひらひらと手を振りながら捺巳さんが無邪気にトドメといえる一言を投げつけたのだった。
「ねぇ、いつまでぼんやりしてるの?」
「…………」
「シノちゃーん?」
「…捺巳さん」
「なに?」
「麻雀強かったんですね」
「アハー!!」
ボソリと呟いた俺に捺巳さんがケラケラと笑い出した。面白いことでも聞いたように腹を抱えて笑っている。
爆笑されることなど言った覚えはないのにと、相手の反応の不可解さに顔を顰めれば、恭悟さんまでニヤニヤと笑いながら俺の頭を叩き。
「オマエ、ほんと単純馬鹿だよなぁ。普通に考えてあんなバカツキあるわきゃねぇーだろ」
「…まさか」
「俺、手先めっちゃ器用なんだよねぇ〜」
悪びれもなく笑う捺巳さんに、ガックリと肩の力が抜けて項垂れる。
小山田のいったとおりイカサマなんじゃねぇか。
ヤクザ相手にイカサマ勝負だなど、本当にこの男性質が悪いとしかいいようがない。
これが疑惑ではなくて途中完全にバレていたら、笑ってすまされる問題じゃなかったというのに。どれだけ神経が図太いのだ。
「ヒヤヒヤさせやがって…」
「だってさぁ、最初からやったんじゃ面白くないじゃない。見たぁ?あの狐の勝ち誇ったどや顔。最高だったよね!もー爆笑堪えるの大変だったしぃ」
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