君がため〜 | ナノ


▼ 10

これには我慢の限界に達したのか恭悟さんがブホッ!などと噴き出してしまい、慌てて口を押さえ震えた声で謝った。

「川部さんは今日、捺巳さんをお誘いに来られたんですよ」

盛大に噴き出してしまったことを誤魔化す為か、恭悟さんが捺巳さんに川部との話を繋げるようこの場の説明を入れる。
そこで初めて捺巳さんが興味を示したように川部を見やった。

「俺になんの誘いなの?悪いんだけど、今外に出れないんだよね」

さらりと告げられた捺巳さんの返事に、そこで思い至ったことに恭悟さんを見ればニヤと相手が口角を持ち上げる。
そういうことか。
俺たちでは川部の誘いを断わることは出来ないが、次期とされている捺巳さんの立場であれば対等に誘いを断わることが出来る。
いくら鈍い捺巳さんといえど、危険人物だと教えられている川部に対しては警戒を見せて誘いに乗るなどするわけがない。

「そうですか。ではこちらの一室をお借りして麻雀をご一緒に、というのはいかがです?」
「麻雀かぁ…」
「乗り気ではありませんか?」
「俺、麻雀ってあんまり楽しいと思わないんだよねぇ」
「これは手厳しいですね」

のらりくらりとかわす捺巳さんに焦れてくるかと思えば、川部はさも楽しげ笑った後、

「では、少し面白味を加えましょうか」

そんな意味有りげな一言を告げた。
嫌な予感に気をつけろと諌めようとするも、それよりも捺巳さんが口を開くのが先で、

「面白いこと?」
「ええ。いつもは金銭を賭けてやるんですが、今回賭ける対象を変えて、勝った方は負けた方に一つだけなんでも命令出来る、というのはどうです?」
「なにを馬鹿な事をっ!」

そんなゲームを許可出来るわけがない。
川部はプロの雀士顔負けだといわれるほどに強い。組の中でも川部に麻雀で勝てる者はいないのだ。
川部相手に麻雀の勝負など、最初から負け星を約束されているのと同じで、捺巳さんが川部に勝てる可能性など、どう贔屓目に見ても1%の奇跡くらいの望みしかない。

「私は今捺巳さんにお聞きしているんですよ」
「卑怯な手使いやがってっ」
「オイ、やめねぇか要」
「だって恭悟さん、こんな賭け八百長みてぇなもんじゃっ」
「いいよー」
「は!?」

落ち着けと抑えにくる恭悟さんに食って掛かる俺を遮るなんとも暢気な声。
発した相手とその内容に目を剥けば、捺巳さんがにこやかに笑いながら、面白いね、と気楽すぎる調子で頷いてしまった。

捺巳さんが誘いを受けてしまったのでは俺たちが口を挟むことも出来ず、したり顔の川部の提案に不本意にも乗るはめになった。

勝った方は負けた方になんでも一つだけ命令ができる。

といった賭けは、早い話捺巳さんが負ければ次期組頭を辞退し川部に会長の座を譲り渡すということだ。
いくら捺巳さんといえその程度のことをわかっていないわけがない。
勝てばいいなんて気楽に考えているのだろうか。それとも親父の話を引き受けはしたが、本当は後継ぎなんてなりたくなくて、この機会に川部に譲ってしまおうと…。

「シノちゃんの番だよ」

悶々とした思考の海に沈んでいた俺は、隣から寄越された捺巳さんの声にハッとして卓上に目をやった。
俺の前の捺巳さんの捨牌が欲しかったものだと気づき、慌ててそれをポンで貰い不要な牌を捨てる。これで早い段階の聴牌≪てんぱい≫になった。
捺巳さんはといえばさっきから数度の安あがりと、下手な振り込みばかりで持ち点は減っていく一方。
捺巳さんと俺、川部と小山田の二人一組でのチーム戦の為、ここはなんとか捺巳さんの分も俺が点を稼がなくてはいけない。
が、状況はそう上手く動いてくれず俺が牌を捨てるなり川部がロン、と告げて綺麗に役になった牌を引っくり返した。

「満貫です。篠崎さんすみませんね」
「…………」

このままだと本気でまずい。
ルールは半荘戦であり一試合目、南場が終了した現在。個人の得点順位は、川部、俺、小山田、捺巳さんとなっていて、今の役満で俺と川部の差がまたひらいてしまった。
二試合の合計点を競うといっても、俺が高い役でこの後の局をあがりまくらないかぎり、川部、小山田の合計点を越えることは出来ない。
それにしても恭悟さんはなにをやっているんだ。
一試合目の東場が終わったところで麻雀に不慣れそうな捺巳さんに、恭悟さんをアドバイザーにつけることを川部が許可した。
その余裕が気に食わないとはいえ、正直そのハンデはありがたい。これで少しは持ち直してくれるかという期待で臨んだ南場戦。
俺の期待は見事に打ち砕かれてしまった。
せっかくのアドバイザーが、まったく口を挟まないのだから意味がない。
捺巳さんの隣で今にも転げ落ちそうに椅子に座って船漕ぎをしているアドバイザーをとっちめてやりたいが、川部の手前そんなことも出来ず歯痒さから咥えた煙草のフィルターを噛む。

「では二試合目といきましょうか。結果はすでに出ているようなものですけど」

嫌味ったらしい川部の笑い声で二試合目が始まった。
こうなったら俺一人ででも頑張るしかない。とにかく高い手だと配られた牌を眺め、なんとか形にもっていけそうな役を思い浮かべる。
一巡目、二巡目となかなか好調に牌が回ってきて、何巡目かにきたところであと一つで聴牌というところまで漕ぎつけた。
勝利の女神はまだ俺を見放してはいない。流れが自分に向いていることを感じ、牌を切る。

「あ」
「!!」

川部が上げた声に、まさかと背に冷や汗が流れかけるも、続いたチーの声に脅かすなよと肩の力が抜けた。


prev / next

[ Main Top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -