君がため〜 | ナノ


▼ 9

「泣く子も黙る久龍会の久木洋明も孫可愛さにはかなわねぇとみえる」

日頃から副会長として近い場所にいる恭悟さんは、久龍会会長相手といえど遠慮がない。なぁ、と同意を求められそうは思っていても頷くことも出来ず、俺はといえば苦笑いを浮かべるしかない。
とにかく親父や恭悟さんとの約束はとりつけたし、捺巳さんと顔見知りの若衆ら何人かにも声をかけた。
会場は母屋の座敷を借りることで話はついているし、ケーキやご馳走も手配済みだ。
後は捺巳さんへのプレゼントを用意するだけなのだが、腕の時計を見れば時間は夜の7時を回っていて、今から街に出たところでゆっくりと選んで回る時間はないだろう。
それなら明日の午前中にする予定だった書類整理を今夜にでも終わらせてしまえば、明日に時間が作れる。
そうと決まればさっそく今からでも取り掛かろうと恭悟さんに挨拶し場を辞そうとしたところ。
前触れもなくドアが開かれ、現れた人物に瞬時にして周囲の空気が張り詰めた。

「これはこれは、水澤さんと篠崎さんじゃないですか」

例えるならば狐に似たひょろりとした細身の男が後ろに狼のようなギラついた目をした男を従え、俺と恭悟さんを順に見やりわざとらしく驚いた顔で肩を竦める。

「二人揃ってなんの相談をされているんでしょうねぇ」

粘着質の声で狐男、川部がいやらしく口元を笑みに歪めた。

「いやぁ、クリスマスにキャバクラのイベント行くのに店のチョイスと回る順番をどうするか決めてたんですよ」

ネチネチと相手をいたぶるのが好きな男の性質が窺い知れる様に、隠しきれず表情を険しくする俺とは違い、恭悟さんは軽い調子で川部の嫌味をいなし飄々と笑った。
そんな恭悟さんの態度に一瞬不愉快そうに細い目をさらに細めた川部だが、すぐに貼り付けたような笑みを浮かべた顔に戻り、こちらの許可も聞かずに室内へと入り込んでくる。

「若頭がこちらに来るなんて珍しいですね」
「ええ、今日はちょっとお誘いに参りましてね」
「誘いですか?」

立場上もそうだが俺じゃ下手なことをしかねないと思ったのか、手の動きだけで俺を制し恭悟さんが一歩前に出て川部の対応を引き受ける。

「随分と過保護な世話役がついているようで、捺巳さんと親交を深める機会がなかなかありませんでしたので。次期会長となられる方でしょう?私もご挨拶くらいはと思いまして」

川部がチラとこちらへ視線を向け、小さく会釈してくる。恭悟さんから挑発に乗るなよといった視線を寄越され、それへわかっていると目で答えた。

「捺巳さんへの挨拶でしたら、幹部会議の席でとっくに済んでいるじゃあないですか」
「個人的なご挨拶はまだなので。先日、その機会を設けさせていただこうかと、お食事のお誘いに部下をやったのですが、そちらの篠崎さんに随分と乱暴に断わられたと泣きながら帰ってきましてね」
「なにをっ!…ってぇ!!」
「それは申し訳ない。元がカザツな奴でして加減が効かないのが悪いところなんですよ。いや、すみませんねぇ」

先日といえば小山田がチンピラを使って捺巳さんを襲おうとした一件の事じゃないか。
しれっと言ってのける川部に、なにが食事の誘いだといきり立ちかけるも、恭悟さんに思い切り足を踏まれ痛みに怒鳴りかけた声が悲鳴に変わる。
調教師と狂犬のような図に川部が小馬鹿にした目で見やってくるが、ギリギリと足を踏まれたまま恭悟さんに笑顔で睨まては大人しく引き下がるしかない。

「いえ、結構ですよ。こちらも時期会長の捺巳さんに対して、部下を向かわせるということは、礼を欠いた行いでしたのでお断りされても仕方のないことです」

この時点で次に相手が言ってくるであろうことが想像でき、苦い思いで奥歯を噛み締めた。

「ですので今日は改めて私自身が直接出向いて捺巳さんをお誘いに上がったのですが、もちろん取り次いでいただけますよね?」

案の定の言葉にどうするのかと恭悟さんを見やれば、百戦錬磨の副会長様はこんな状況でも顔色一つ変えず川部を数秒ほど眺めた後。

「そうですね。要、捺巳さんをこっちに呼んで来てくれ」
「なに言って…」
「早く行かねぇか。川部さんの直々な誘いだ」

そう言われてしまっては返す言葉もなく、クソッと吐き捨てたい気分で部屋を出た。
現在組の2である川部が出向いての直々な誘いに対して、副会長の恭悟さんといえど無下に跳ねつけることは出来ない。
それはわかっているが、だからといって捺巳さんをこのまま川部の元へ行かせるなんて、どう考えたって危ういことはあきらかだ。
恭悟さんの判断に釈然としない思いで自室で寝こけていた捺巳さんを起こし、応接室へと戻る。

「えーっと、誰だっけ?」

室内に入るなりソファに座っていた川部が立ち上がり頭を下げてくるのを見やって、捺巳さんがすっ呆けた声を上げた。
これにはさすがの川部も苦々しく顔を歪める。けれどすぐににこやかな笑顔になると、自分の前を捺巳さんに勧め捺巳さんがそこに座ると自分もソファに座り直し。

「お久しぶりですね、捺巳さん。数える程しかお会いしたことがありませんから、お忘れになられているようですが、久龍会若頭の川部です」
「忘れてたっていうか覚えてなかったっていうかぁ…でも名前は知ってるよ」
「…………」

引き攣る川部から顔を背け、恭悟さんが肩を小刻みに震わせている。どうやら捺巳さんの遠慮のない失礼っぷりに笑いたいのを必死で耐えているようだ。
捺巳さんはといえば自分の発言で場の空気がどうなっているかなど気にする素振りもなく、運ばれてきた珈琲に口をつけ、苦い、と文句を零している。

「実に大物でいらっしゃる。その堂々として動じないところはさすが会長のお孫さんですね」

捺巳さんの毒の効果から立ち直った川部が皮肉たっぷりに褒め湛えるのを、一瞥だけを投げて捺巳さんはまたしても一口珈琲を啜り、苦いと呟く。


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