Y&Sシリーズ | ナノ


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「はぁ!?」

目を覚ますと昨夜抱き寄せて眠ったはずの細い体は、とっくに腕のなかからいなくなっていた。
一抹の寂しさを感じながら身じろぐと、スーツの上着に腕を通していた佐野が振り返って、「おはようございます」普段と変わらない無表情で告げてくる。
昨夜の出来事などまるで夢だったかのようで、ふと自分の記憶に自身がなくなった。のも束の間。
次に佐野が口にした言葉に、寝起きのぼんやりとした頭が霧が拡散したように一気に覚めた。おはよう。と返す代わりに俺の口から素っ頓狂な声が漏れる。

「いま、なんて言ったよ」
「来年の今日が記念日一年目になりますよね。そう言ったんです」

聞き返せば、表情一つ変えずにそんな言葉をあっさりと返してくる。

「いやいやいやいや、おまえ、だって夜に」
「井坂とはちゃんと別れました」
「別れたって、んなもん聞いてねえぞ」

付き合っている彼女とはまだ別れてなかったんじゃないのか。
寝起きから衝撃の連続で、せっかく起きたのにまた寝てしまいそうだ。頭がくらくらする。
どういうことかとついつい詰問調になる俺に、着替えを終えネクタイの曲がりを直していた佐野が、横目でチラっとこっちを見た。
うるさい。
そう物語っているかの目に一瞬たじろいだが、俺だってここは譲れない。
起き上がるとベッドに腰掛け、佐野と向き合う。日課のようになっている朝の一服も、いまは忘れていた。

「ちょっと、こっち来なさい」

前にあるベッドを指差し座るように言う。小さく溜息をついたあと、面倒そうながらも佐野が大人しくベッドに座った。

「どういうことだよ」
「井坂とは八嶋先生が俺の家に来た日に別れてましたから」
「はぁ!?」

さらりと告げられた衝撃発言に俺の思考は一瞬ストップしてしまった。
なに?どういうこと?
二股だからちょっと待てって、たしか昨夜に佐野はそう言っていたじゃないか。

「ちょっとした仕返しですよ」

佐野の言葉が理解できません。
見やった顔が珍しく、こちらを見つめ可笑しそうに笑っている。

「おまえなぁ…」

続く言葉がない。
よくもまあ振り回してくれたものだ。
そう叱りつけてやりたかったが、相手が佐野ではそんな気も失せる。
こういう奴だ。そう、こういう奴なのだ。
それよりもニヤニヤと笑っているその顔すら、可愛いと思ってしまう俺の思考回路を誰かどうにかしてくれ。

「助けて、金八せんせー」
「頭、大丈夫ですか?」

ゴミ屑を見るような冷たい目。こんなツンツンしたところも嫌いじゃないが、いまはちょっと虚しい。
盛大な溜息をついてガックリと頭を垂らした。なにも喋らない佐野に沈黙がおちる。
上目に佐野の様子を窺うと、こちらをずっと見ていたのか視線がかち合う。
磁石の対極のようにパッと視線を外した佐野に、じんわりと胸の辺りが温かくなった。

不安そうな顔を見てしまった。
本当に素直じゃない。
素っ気ない態度をとりながらも、不意にみせる本音。そのギャップに気づいたときには、この可愛げのない年下の男が、可愛くて仕方なくなっていた。
不器用さが愛しい。

「おまえ、たまに可愛いな」

佐野の前に屈み込む。下から顔を覗き込むと、落ち着かなげに視線を逸らされた。

「八嶋先生は、いつも掴めないですね」

悪態が返ってくる。毒ばかり吐く唇をそっと塞いだ。嫌がる素振りはない。
押し当てるだけのキスで佐野から離れると、寝癖のついた赤みのある茶色の髪を子供の頭を撫でるように掻き回し、すっかり忘れていた寝起きの一服にと煙草を銜えた。

9月22日。お付き合い記念日。
今日の煙草はやけにうまい。



― END ―





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