Y&Sシリーズ | ナノ


▼ 29

「無理」

ぽつりと八嶋が言う。その呟きに野田が八嶋を責めるも、それに応えずどっかりと床に座ったまま立ち上がることもしない。
酒が相当入っている男たちがもちろん納得するわけもなく、ブーイングの嵐になった。それでも動こうとしない八嶋に、助かったという気持ちよりも苛立ちが怒りに変わる。
野田にはあんなにノリ気で自分から進んでやったくせに、どうして俺だとそこまで頑なに拒否なんだ。そんなにいやだというのか。

「野田先生はよくて、なんで俺だと無理なわけ?」

緩んでいた野田の腕を振りほどくと、八嶋の前に立って胸倉を掴み上げた。思いもしない佐野の行動に、八嶋どころか野田や他の同僚たちまで口を開けて固まる。けれどそんなことはどうでもよかった。
他なんてどうだっていい。腹が立つのは八嶋だ。
膝を折って屈み込むと、胸倉を掴んだ手で引き寄せ、強引に唇を重ねる。

「おま…っ…なんで…」

驚きに見開かれた目。掴んでいた手を離すと、呆然と立っている野田を押しどけ部屋を出た。
どこへ行くとも考えず、とにかく真っ直ぐに続いた廊下を足早に歩く。後ろでドアの開閉する音と走り寄って来る足音が聞こえたが、振り返らずエレベーターのボタンを押した。すぐにドアが開き、乗り込んで閉と書かれたボタンを押す。

「待てよっ」

閉まりかけたドアが追いついてきた八嶋によって抉じ開けられた。なかに入ってくる相手を正面から睨む。

「なんで追いかけてくるんですか?ゲームでもキスすんのいやなくらい、俺のこと嫌いなんでしょう」
「なんでそうなんだよ」

扉を閉じ、一番上にあるボタンを押しながら八嶋が溜息混じりにぼやく。エレベーターが動き出すと、振り向き様に長い腕に体を抱き込まれた。
勢いによろめき後ろに下がると、背中に壁があたった。逃げ場はない。けれど、逃げる気などない。
だらりと下げていた腕を上げて、八嶋の背に回した。ビクリと抱き返した体が揺れる。

「…佐野先生?」

戸惑った声。

「俺が逃げてばっかいたから、野田先生に乗りかえたんですか?」
「野田!?んなわけねえだろ!気色悪ぃなっ」
「じゃあ、なんで野田先生とはキスしたんです。俺のときはすごい、いやがりようだったのに」
「…………」

問い掛けても押し黙り返事をしない八嶋に、やっぱりと諦める気持ちで溜息をついた。

「もう、いい」
「違うって言ってんだろっ。ああっもう。野田とはゲーム。ノリだっつの。佐野先生とは…出来ねえだろ。そりゃ前ならラッキーだと思いはしただろうけどな。春以来、あんだけ避けられてりゃ、トラウマにもなるっての」
「八嶋先生」
「いいだろ。言ったんだから、もう勘弁してくれよ。俺だって恥ずかしいんだよ」

グイグイと強く抱き締められ、照れ隠しに顔を肩口に埋めて上げようとしない八嶋に、じんわりと冷えた体が温まってくる。
ずっと、どう言って告白しようか。そんなことを考えていた。馬鹿みたいに悩んだのに。
言いたい言葉なんて一つしかなかった。

「好きですよ」

たった一言。

「八嶋先生が、好きなんです」

ゆっくりと体が離れ、途切れた体温の温もりに寂しさを感じ顔を上げると、トンと軽く額が触れ合わされた。くしゃりと頭後ろの髪のなかに指が差し入れられ、やんわりと撫でられる。

「…酔ってて覚えてないっての、ナシな」
「そこまで酔ってな…」

柔らかい唇の感触に瞼を閉じた。上唇を甘噛みされ、仕返しに相手の下唇に歯を立てる。じゃれ合うように交わす口づけに、うるさく高鳴る胸の内とは逆に、和むような不思議な気分になった。


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