▼ 27
「関のとこにも誘いに行ったのに、鍵が掛かってて返事もないし。二人とも寝ちまってんのかね」
八嶋と仲のいい体育教師の野田が、ビールを呷りながら面白くない!っと声を上げた。
寝ているんじゃなくて居留守に決まっている。戻ってきたときに鍵を閉めなかった八嶋が恨めしい。
ここに来る前から飲んでいたのだろう四人の顔は、あきらかに酔っ払っていた。わかっていたら絶対に佐野だって、寝たふりを決め込んでなかに入れなかったのに。
いまさら後悔したところで遅かった。出て行けといって素直に出て行ってくれる相手ではない。
佐野が赴任したてのころに歓迎会だといって開かれた飲み会があったが、四人の顔は記憶にしっかり残っている。ここに八嶋を加えた五人に、無理やり朝まで引っ張りまわされたのだ。
「飲むなら別の部屋でやってくれませんか」
無駄だとわかりつつも、一応言ってみたが当然素直に帰ってくれるわけがなかった。
両脇を先輩教師に挟まれ、逃げ場まで塞がれ、ハイハイ、と言いながら腕を掴んで、強引にビールを口まで持ってこられる。
こうなってはもう逃げようがなかった。
「自分で飲みますから、ちょっと放して下さい」
邪魔ですと腕を掴む手を振りほどき、肩に寄りかかってくる酒臭い相手を肘でついて押しどける。
「ゲッ…おまえら、なにやってんの」
ようやく風呂から出てきた八嶋が部屋でいきなり始まっていた酒盛りの光景に、タオルで頭を拭く手を止め顔を引き攣らせた。
すかさず野田が立ち上がり、ジャージ姿の八嶋を引っ張って自分の隣に座らせビールを握らせる。
「よし、飲め八嶋!」
「なにこれ、なんのドッキリ?」
言いながらも勢いに流されてビールを呷る。一気だ一気だと騒ぎ立てられ、素直に飲み干した八嶋の手に代わりの缶が渡され、すっかり野田たちのペースに巻き込まれていた。
これでは話どころじゃない。
「佐野も、ちびちび飲んでないで、一気に飲め男だろっ」
「そうですよ、佐野先生。一番若いんですから、グッと!」
もういい。断わるのも面倒だと缶の中身を一息で飲み干す。炭酸の刺激で喉が痛んだが、久しぶりに飲む酒はこんな状況でも美味かった。
新しい缶を手渡され、今度は自分でプルタブをあける。佐野が飲む気になったのを見ると、野田たちもベッドや床に座って自分の酒を手に飲み始めた。
「悪ぃな。話あるって言ってたのに」
隣に移ってきた八嶋が、他には聞こえないように小さな声で詫びてくる。
「八嶋先生が呼んだわけじゃないでしょう。いいですよ」
よくはなかったが、ここで八嶋に八つ当たりするのも大人気ない。
ボソボソと二人で喋っていると、それを目ざとくみつけた野田が真ん中に割って入ってきた。無理やり狭い隙間に体を割り込ませると、酔っ払い特有のとろんとした目で佐野と八嶋を睨み、
「二人で仲良くしない!みんなで仲良くしましょうね!」
「野田…おまえ酔い過ぎだろ」
「ってことで、ゲームスタート!!」
八嶋の言葉など聞いちゃいない。いきなり高らかに宣言したかと思えばどこに隠し持っていたのか、割り箸の束を突き出してにんまりと野田が笑った。
「王様ゲームはっじめるよーっ」
野田の声と同時に他の三人が割り箸を抜いていく。
「おまえらも早く取れって。早く!」
急かされ仕方なく八嶋が割り箸を一本抜き取った。ずいっと目の前まで持ってこられては引くしかなく、二本残ったうちの一本を取った。
「王様だーれだ!?」
野田の声で一斉に割り箸の端に書かれた文字を見る。そんな様子を眺め、佐野はこっそり溜息をついた。
王様ゲームって過去の遺物だとばかり思っていた。大学のときだってこんなゲームやったことはない。それどころか、野郎だらけの酒盛りで王様ゲームなんてやって、なにが楽しいんだか。
prev / next