Y&Sシリーズ | ナノ


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映画村とは、時代劇の撮影などで使われることの多い、アミューズメント施設だ。時代劇に出てくる町並みに、真撰組隊士や忍者、花魁や姫などにも扮装できたりと、歴史好きには人気のある観光スポットでもある。

「佐野先生は行ったことないん?」
「まだないですね」
「八嶋先生も?」
「ないな。関先生は関西出身だよな。なら何回か行ってんの?吉澤先生は?」
「俺もないです」
「せやったら、明日一緒に回らん?あんなとこ二人で回るより、大勢のが楽しいで」

関の提案に吉澤を見やると、ニッコリとした笑みが返ってくる。迷惑かと思ったが吉澤に気にした様子はない。

「それなら、お願いします。なにがあるかもわからないんで、関先生にお任せします」
「佐野先生が行くなら、俺も行きますよ」

際どいセリフに八嶋を横目に睨むが、涼しい顔で鍋をつついている。目の前の二人も普通に話しを続けているところを見ると、なにも気づいていないようだ。
八嶋の性格上、ただの軽口だとでも思って流されたのかもしれない。でもこれで明日も八嶋と一緒にいられるのだと思うと、胸が少しざわついた。
まるで思春期の中学生のようで我ながらむず痒い。そのことを悟られるのも癪で、鍋に集中することにした。
食事が終わると引率の教師が集まって、一日の報告と明日の日程確認などを兼ねたミーティングが行われた。長々と続いたミーティングが終わったのは午後10時。
学年主任の細かすぎる諸注意や、話がそれて若者の非行とは、などといった話が半分ほどの時間語られ、結局生徒の見回りの時間になってようやく解放された。
夕食のあとにといっていた話も、部屋に戻るなりすぐに八嶋が見回りに出かけてしまったため、保留のままおかれている。とはいえ焦らなくても時間はまだある。

思ったよりも溜まっていた一日の疲れにベッドに転がったが、このままでは寝入ってしまいそうだと先に風呂に入った。
熱いシャワーを浴びると少しだけ頭のなかがスッキリとしてくる。湯に浸かるとまた睡魔にやられそうだと、シャワーだけですませバスルームを出た。
ジャージのズボンにTシャツといったラフな格好に着替えると、それだけで体が楽になった。仕事柄スーツはよく着るが、カッチリと畏まった服装は堅苦しくて、あまり好きではない。

「あー…疲れた。あいつら、ちっとも言うこと聞きやしねぇ」

応急処置用の救急箱のチェックをしているところに、見回りを終えた八嶋が戻ってきた。ブツブツと文句を言いながらベッドにひっくり返る。

「上着脱いだほうがいいんじゃないですか。皺になりますよ」
「別に構いやしねーよ。皺の一つや二つ気にしなきゃ平気だ。てかおまえ、もう風呂入ったの?」
「先に入っておいたほうが、あとが楽なんで」
「そっ。んじゃ、俺も入ってくっかな」

よいしょっと年寄り臭い掛け声つきで起き上がって風呂に入る八嶋に、救急箱を片付けるとベッドに座って、緊張してきた気持ちを落ち着けるようにゆっくりと息を吐いた。
思えばいままで、一度も自分から相手に好きだと言ったことがない。
告白というのはどうすればいいのだろう。
頬を染めて八嶋に告白する自分を想像しただけで気分が悪くなった。
好きです。
もうこれだけでいい。そのあとはなるようになれだ。
そう腹を括ったところでドアが開く音がした。八嶋が風呂から出てきたのかと思ったが、シャワーの音は続いている。
入り口を見ると、四つの顔がひょっこりとなかを覗き込んでいた。
三年担任の教師たちだ。佐野とはそれほど仲がいいわけではない。八嶋になにか用事があるのだろう。

「どうかしたんですか?八嶋先生なら、風呂ですよ」
「あ、そうなの。いいよ、いいよ。先に始めようぜ」
「始める?」

なにを、そう聞く前に勝手に部屋に上がりこんできた四人が、ベッドの上にビニール袋四つを置いて、缶ビールを取り出し佐野に押しつけてきた。思わず受け取った缶を見て、頬が引き攣る。

「ここで酒盛りでも始める気ですか?」
「せいかーい。ほら、遠慮せずに佐野も飲む。ハイ、かんぱーい」

かんぱーい、じゃねえよ。

喉まで出かけた言葉を苦労して飲み込むも、その隙に乱入者たちは缶をあけて飲み始めている。ベッドの上にスナック菓子やらスルメやらビーフジャーキーーやらが広げられ、床には全部飲む気かと疑いたくなる量の焼酎やら日本酒などが並べて置かれた。


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