Y&Sシリーズ | ナノ


▼ 17







アパートに帰ると秋の姿がなかった。夏深が迎えにきて連れて帰ったのかと部屋のなかを見回したが、秋の持ってきたスーツケースは置いたままだ。
開けっぱなしだったリビングのドアから物音が聞こえた。バスルームからのようで、いないと思ったら風呂に入っていたのか。
スーツを脱ぐと部屋着に着替え、ソファに寝転がるとクッションを顔に押しあて目を閉じる。
頭のなかがグチャグチャだった。
八嶋が自分に好意を抱いていることは薄々勘づいてはいた。けれど、だから避けていたわけではない。
同性から好意を持たれたことが嫌で、佐野が自分を避けていたのかと八嶋は思っていたようだが、佐野にしてみればそんなことは考えてもいなかった。
男も女も感情の部分での差なんてよくわからない。正直、恋愛感情そのものが自分には曖昧なものだ。
いままで男相手に迫られたことはなかったが、ようは相手が嫌だと思うなら女と同じで拒否すればすむ。
八嶋があんな態度なのだから、別に避ける必要なんてなかった。それが出来なかったのは、息が出来ないくらいに戸惑った自分自身に驚いたから。恋愛がらみであれほど動転することなんて、いままで一度もなかったのに。

始めは戸惑いから。
それが時間が経つにつれて、腹が立った。
変わらない相手の態度に。自分だけが振り回されているのだと思うと、余計に苛立った。
ずっと避け続けていたのはそんな気持ちからと、自分から避けだしたことで、元のように話しかけることに気まずさを感じたから。
意地のように避け続けていた自分も大人気なかったが、押し倒してキスまでしておきながら、何事もなかったように振る舞っていた八嶋だって悪い。

インターホンの鳴る音がした。クッションを放り出し、子機を取りに立つ。
来客は井坂だった。連絡なしに井坂が家に来ることなど、これまで一度もなかった。玄関に向かう前に携帯の着信を確認したが、不在着信を知らせるメッセージは表示されていない。

「いきなりごめんなさい」

玄関のドアを開けると井坂が詫びてくる。外出用に長い髪をふんわりと巻いて、膝下までのワンピースを着た井坂は、手に持っていた箱を差し出した。

「近くまで来たからついでにと思って」

手土産にと渡された箱は、この近くには売っていない有名なケーキ屋の店名が書かれている。ついでにというのは口実だろう。たしかこの店は、井坂の家の近くにあったはずだ。

「なか、入っていい?」

いつまで経ってもドアのところから動かない佐野に、井坂が痺れを切らしたように聞いてきた。せっかくここまで来てくれたのだからとは思うも、家には秋もいるしこのあと夏深が来る予定もあった。
修羅場になるとわかっていて井坂に上がってもらうのもどうかという躊躇いに、とっさに返事を返せずにいると不安げに井坂の顔が歪む。このまま黙っているわけにもいかず、事情を説明しようと口を開きかけたところ。

「あれ、倖ちゃん帰ってたの?」

カチャリとドアが開く音がして振り返ると、バスルームのドアが開き秋が顔を覗かせた。

「ちょうどよかった。バスタオルがなくて、取ってきてよ」
「わかったから、そんな格好で出てくんなよ」

振り返り佐野の体がずれたことで井坂の姿が目に入ったのか、キョトンとした目で玄関先を見た秋が、急にあっと慌てた声を上げた。なんだと振り返ると、そこにあったはずの井坂の姿がない。玄関先に出ると通路を走っていく後ろ姿が見えた。

「井坂!」

声をかけるも立ち止まらず走り去っていく相手に、あらぬ誤解をされたのだと気づいたが、追いかけて誤解を解く気にはなれなかった。
もうどうでもいい。
投げやりな気分でなかに戻ると、オロオロとしている秋にバスタオルを渡し、寝室に入ってベッドの上に寝転んだ。

「倖ちゃーん…」

怯えた様子で寝室を覗きこんでくるバスタオル姿の秋に一瞥を投げると、再び仰向けで天井を見上げる。返事を返さなかったことでなかに入ってこれないのか、ドアのところで立ち尽くしたまま秋が、ゴメンネ、っと何度も詫びてきた。秋が謝ることはないというのにあまりにも必死なその声に、溜息をついてベッドから体を起こす。


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