Y&Sシリーズ | ナノ


▼ 14

井坂と最後に会ったのはお盆前に飲みにいったときだ。それ以来、連絡をとっていない。
メールの内容は食事の誘いだった。
井坂のことが嫌いになったわけではなかったが、会うとなると気乗りしない。お盆の前に会ったときも、たしか一ヶ月ぶりで、それも相手の誕生日という理由がなければ断わっていたくらいだ。
どちらにしても今日は秋もいるし無理だった。予定があるからという断りを返して携帯を閉じる。

「ご馳走様でした」

メインの料理にデザート二種類と、食欲旺盛に全部たいらげた挙句、佐野の頼んだピザにまで手を出す秋に、呆れるのをとおり越して感心した。
どこにそれだけ詰め込んでいるのか不思議でならない。とにかくよく食べるし、よく喋る。
テーブルの上の料理がなくなると、まだ食べたりないのかメニューに目がいっていた。

「頼むなら頼めよ」
「うーん…やめとく。最近太ってきたし」
「これだけ食べりゃ、いまさらだろ」
「うるさいなー。太らない体質の倖ちゃんには、乙女心なんてわかんないよ」
「そうだな。俺には理解できない」
「筋肉をつけたくても、つきにくいっていう悩みみたいなものよ」

それならわかる。そう納得しかけて、どうして秋が自分の悩みを知っているのかと、烏龍茶を飲もうとして固まった。

「夏兄が言ってた」

夏深か。

「ここの払い自分で出せよ」
「ちょっ、倖ちゃん!ごめん。ごめんって!!」
「帰んぞ」

伝票を持って席を立つ。もちろん割り勘は冗談だ。
家に帰ると風呂に入るという秋のためにバスタブに湯をはってやり、秋が入っているあいだ冷蔵庫に残っていたビールを飲んだ。そのあと入れ替えで風呂に入る。
久しぶりにゆっくりと湯に浸かって出ると、リビングに秋の姿がなかった。ストラップのたくさんついた携帯がソファの上に置いてあるということは、外に出たわけではないらしい。
秋を探して寝室を覗くと、ベッドの上が人の形に膨らんでいた。人のベッドを占領して寝入ってしまったのだ。いまさら起こすのも躊躇われ、クローゼットから予備においてある毛布を引っ張り出してソファに寝転んだ。

店にいるときに届いた井坂からのメールを思い出す。あれから、断わりのメールに対する返信はなかった。いつもなら律儀に返してくるだけに気にはなったが、自分から連絡する気にもならなかった。
井坂を避けるようなこんな状況は、いつからだったか。
八嶋のことが思い浮かんだ。
その途端に胸にずしっとした重みを感じる。その不快な感覚を少しでも紛らわせようと寝返りをうった。
ドアが開く音に寝室のほうへ目を向ける。眠そうに瞼を半分ほど落とした秋が立っていた。

「転がってたら寝ちゃってた」
「そのまま寝てていい」
「倖ちゃんも一緒に寝ようよぉ」

小さいころならともかく、18才になった妹と一緒に寝る兄がどこにいるというのか。

「ふざけんな。放り出すぞ」
「ケチ」
「野宿しても、いまの季節じゃ死にはしねーな」
「…寝ますよ。寝ます」

本気でいやがる態度に、渋々といった様子で寝室に戻っていく。実家にいたころ、よく人のベッドにもぐりこんできていたことがあった。
秋もまだ小学生で、大目にみていたのが悪かったのか。そういえば前に家出してきたときも、起きたら横に秋が寝ていたことがある。
あのときは、ただ寝ぼけて間違えたのだろうと思っていたのに。

「そのへんもちゃんと躾けとけよ、夏深」

枕代わりにしたクッションに頭を沈め、ぼやく。馬鹿馬鹿しいやりとりで重苦しかった気分が晴れていた。
睡魔に襲われる。
秋が来て助かったのは自分のほうかもしれないと、沈みかける意識のなかでぼんやりと思った。


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