Y&Sシリーズ | ナノ


▼ 13

「……………」
「…怒ってる?」

返事を返さずにいると、途端に怒られた犬のようにしょげた顔になる。
こうなると弱い。無言のまま置かれていたスーツケースを持って玄関に入った。パッと表情を明るくした秋が、閉じかけたドアを急いで掴み、なかに入ってくる。
1LDKの部屋は汚いとまではいかないものの、干しっぱなしにしている洗濯物や、脱いだまま落ちている服。雑誌などで散らかっていた。
リビングに入るなり、ソファに脱ぎ捨ててあった服を畳んで片づけ出す秋を置いて、キッチンへ向かう。
二人分のアイスコーヒーを入れて戻ると、片付いたソファの上にちょこんと秋が座っていた。
テーブルの上に秋の分のアイスコーヒーを乗せ、自分は立ったままグラスに口をつける。

「で、今度はなにが原因?」
「夏兄。もうほんと頑固!」

秋は長男である佐野は倖ちゃんで、次男の夏深は夏兄と呼ぶ。3年前に父が亡くなってからは、弟の夏深が父親代わりを務めていた。
本来なら長男である佐野がその役目を担うところだが、残念ながら佐野にそんな威厳はない。
しっかり者だと評判の弟と違い、一人気ままを好む自分では一家の大黒柱など到底務まるはずがなかった。そんな兄と、母が仕事で忙しいこともあって、未成年の秋に対して夏深は厳しい。
そのせいか秋と夏深はしょっちゅう衝突する。その度に、巻き込まれた佐野が仲裁に入るはめになるのが毎度のパターンだ。

「また朝帰りでもして、夏深に怒られたのか?」
「最近は22時過ぎるとうるさく携帯鳴らしてくるから、ちゃんと帰ってますよぅ。なんであんなに口うるさいかなぁ…」
「心配してんだろ」
「それはわかってるけど、ちょっと過保護すぎだって。高校のときならまだしも、大学行ってまで門限22時とかありえないでしょ」
「前は21時だろ。1時間延びてよかったじゃねーか」
「全然よくない!」

ダンッとソファの肘置きを叩いて声を荒げる秋を嗜めることもせず、煙草を取ってテーブルの横に胡坐をかいて座る。テーブルの灰皿を引き寄せ、残っていた一本をくわえて空になった箱をゴミ箱に投げた。

「なんで揉めてんの?」

ライターで火をつけ煙を深く吸い込む。尋ねれば拗ねたように口を尖らせ、秋がそっぽを向く。

「家からだと大学に行くのに電車で一時間半はかかるの。毎日通うのもしんどいし、だから一人暮らしがしたいって行ったら、頭ごなしに反対するんだもん」
「そりゃ俺でも反対するわ」
「倖ちゃんまで…。引越し資金だってバイトで貯めたお金があるし、生活費はちゃんと自分で稼ぐって言ってるのに」
「バイトなんてしてたら勉強する時間ねえだろ」
「大学のとき倖ちゃんだって一人暮らししてたじゃない」
「俺の大学、県外だったし」
「そうだけど…」

ソファの上で膝を抱え、拗ねたように小さな声で呟く。秋がそのまま黙り込んだので話しを続けず口を閉じた。
煙草一本分の間をあけて立ち上がると、体を縮めたまま不貞腐れている秋の頭を乱暴に撫でた。

「とりあえず、気がすむまでいていいけど、夏深にはちゃんと連絡入れとけよ」
「……うん」

俯いたままだったが素直に返ってくる返事に、もう一度頭を撫でて腕にはめた時計をみる。
仕事に追われ昼を食べ損ねたせいで胃が空腹を訴えていた。
自炊をほとんどしないため、冷蔵庫のなかには飲み物くらいしかない。

「いつまでも辛気くせぇ顔してないで、飯行こーぜ。腹減った」
「…前に行ったカフェ連れて行ってくれる?」

のっそりと顔を上げた秋が窺う目で見てきた。
本当は近所のファミレスですませようと思っていたのだが、仕方ない。現金にも機嫌のなおった秋を連れて、駅前にある半地下になったカフェで食事をとることにした。
カフェの入り口は階段を降りた先にある。なかに入ると小ぶりの椰子の木が置かれ、白とネイビーブルーで統一された店内は、カフェというよりはBarのようなブルーの照明の薄暗さだ。
なんとかいう雑誌で紹介されたことがあるらしい南国モチーフのカフェは、平日だというのに不景気を感じさせない混み具合だった。
案内に来た店員に先導され、二人掛けのテーブル席に着く。トイレに立った秋を待つあいだメニューを眺めていると、井坂からのメールが届いた。


prev / next

[ Main Top ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -