Y&Sシリーズ | ナノ


▼ 10

携帯を持って八嶋の部屋を出る。玄関を出たところで着信履歴から井坂の携帯に電話をかけた。
呼び出し音が数回ほど続き、不自然にコールが途切れ雑踏のノイズのなかに、井坂の「ハル?」という声が聞こえた。

「ごめん」

どこにいるの、という声にまずは謝る。開口一番の謝罪に電話向こうに戸惑った気配が漂った。

『ひどい声だけど風邪でもひいたの?』
「体だるいし、そうかも。連絡遅くなってごめん。映画の時間って何時から?ちょっと遅れるけど、そっち向かうから」

相手の誤解を解かずに頷く。飲み過ぎて寝過ごした負い目から、正直に酒やけだとは言えなかった。

『体調悪いなら今日はいいよ。それより熱は?いまから行こうか?』
「熱はそんなないし、寝てりゃ治ると思う。ホントごめん」
『そう…。それなら気にしないで今日はゆっくり寝てて。さっき偶然、友達と会ってお茶してたところだから、映画はその子に付き合ってもらうし、今度埋め合わせにケーキでも奢ってくれればいいよ』
「わかった。じゃあまた連絡する」

通話を切った。嘘をついた罪悪感がないわけではなかったが、これから向かわずにすんだことに気が楽になる。
部屋に戻ると煙草を吸い終わったのか床に座り、つけたテレビの前で八嶋が寛いでいた。
テーブルを見ると雑誌や灰皿など散らかった物のなかに、二人分の氷の入った麦茶が置かれている。
喉の張りつく不快感に遠慮なくグラスを取って、冷えた麦茶を一息に流し込んだ。喉から胸をぬける冷たさに、滞っていたアルコールの淀みが緩和される。

「怒られたー?」

八嶋がテレビに目をやったまま、おもしろがる調子で聞いてくる。無視してもよかったが、泊めてもらった恩があった。

「風邪だと思ったみたいで、今日の約束はキャンセルにしてくれました」
「寛大な友達でよかったな」
「井坂ですよ」
「おまえね…。風邪じゃないんだから行ってやれよ。彼女に対する態度かそれ」

井坂の名前を出すとしかめっ面が向けられた。そんなことを言われてもずっと自分はこんな感じだ。聞かれても頷くしかない。

「他はどうか知りませんけど、俺はこんなですね」
「こんなですね、じゃねえだろが。予言してやる。おまえ、絶対そのうち振られんぞ」
「かもしれませんね」

あっさりと認めれば、大きな溜息を寄越された。わざわざ向きなおって、八嶋が向かい合ってくる。稀にしかみない真面目な表情の不意打ちに、心臓が跳ねた。

「本当に、井坂さんのこと好きなのか?」
「…好きですよ」

立ち上がり傍に寄って来る八嶋にたじろぎつつも言い返す。ベッドに座った膝がすぐ傍まで寄った相手の足に触れた。
カーテンの開けられた窓から射している陽が視界から遮られ、目が捉える光が弱くなった。肩に両腕が置かれ被さる体勢で、顔を近い距離から覗き込まれる。

「違うな。そんなもんじゃない」
「……っ…」

押し殺した低い声音が耳に届く。吐息がかかるほど近くに寄せられた顔に、佐野の気は動転した。
脳がぐらりと揺れる。気道をなにかで塞がれたような息苦しさが込み上げる。
唇に触れる柔らかい感触。それが八嶋の唇であることに気づいた瞬間、腕を突き出して被さる体を押し退けようとした。けれど、痛みを感じる力で肩を掴まれ、シーツの上に押し倒される。

「冗談にしても限度が…ッ!ぅ…ん、っ」

いい加減にしろと被さってくる体を押し戻すも、体重をかけて圧し掛かられた状態では圧倒的に不利だった。
逃げようとする体は押さえ込まれ、さらに唇を重ね抗議の声まで塞がれてしまう。強引に歯列を割り差し入れられた舌が、苦しげに喘ぐ舌に巧みに絡みつく。
きつく吸い上げては舌先で表面を強く撫で、そしてまた濡れ音を立てて絡めとられた。
抵抗を押さえ込む力は乱暴だったが、口づける所作に荒っぽさはない。いたわるように愛撫を繰り返す舌に、次第に押し退けようとする力が緩んだ。
抵抗が弱まると、最後に触れるだけのキスをして八嶋の唇が離れた。


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