Y&Sシリーズ | ナノ


▼ 7

「そんなことないだろ。この前も昼飯奢ってやったじゃねえか」
「あー…、吉牛」
「なんだよ。吉牛うまいだろうが」
「そうですね。俺の八嶋先生のイメージが吉牛だったんで、酒奢ってくれるって聞いてちょっと驚いてしまって。すみません」
「可愛くねえな、オイ」

ブツブツと文句を言う八嶋に灰皿を差し出してやる。
短くなった煙草をそれに捨て、切り替え早く首を鳴らし八嶋が窓を閉めにソファを立った。その行動で休憩時間の終わりを知ると、本を手にソファから立ち上がる。

「仕事終わったら保健室に来て下さい」
「行くか?」
「ただ酒を断わる理由なんてないですね」

言い置いて教官室を出る。
ちょうど鳴り出したチャイムに、廊下を慌てて走り教室に向かう生徒何人かとすれ違ったが、それを咎める気もなく保健室へ戻った。
口うるさく注意するのは他の教師がすればいい。
ドアのところに掛けている札を外出中から在室中に変えると、なかに入ってデスクの前に座った。
置きっぱなしにしていた携帯のイルミネーションが点滅しているのに気づき、ディスプレイを見ると受信メールの表示が出ている。
送信者は井坂だった。
映画に行かないかという誘いの内容に、面倒臭いという気持ちがよぎったが、この前のこともあり明日の朝ならと了承の返事を返した。
午後からは煙草を吸いに行く暇もないほど忙しく、生徒たちの下校時間になったころにはすっかり疲れきっていた。
ふざけていて階段から落ちたという生徒が腕を骨折していたため、病院に連れて行き学校に帰ってきたのは、午後6時を過ぎたころだった。
保健室に戻ると先に仕事を終えた八嶋が待っていたので、片付けもそこそこに連れ立って学校を出た。

飲み屋の並ぶ界隈まではバスで10分。
店選びは誘ってきた八嶋に任せることにした。バス停から少し歩き、細くなった路地に入る。
随分と寂れたほうへ行くものだと相手の方向感覚を疑ったが、すぐに目当ての場所についたらしく、一軒の小さい居酒屋に入っていく。
店のなかは狭かった。雑多といった言葉が似合う店内は、カウンターにテーブルが五つほどの広さだ。
馴染みなのかカウンターの内にいる板前姿の男に気安い声をかけ、八嶋が一番奥のカウンター席についた。
時間のせいか、ただ寂れているのか、客の姿は自分たちをのぞけば三人しかいない。
けれどその三人ともがカウンターに座っていたため、佐野と八嶋が座るとカウンターは満席に近い状態になった。

おしぼりを持ってきた店員に生ビールを頼む。八嶋が頼んだ分と二つの生ビールを受け取り、乾杯と突き出されたジョッキに軽くぶつけて一気に半分近くまで呷った。
ビールを飲みながら八嶋がお品書きと書かれた一枚の紙を、佐野のほうに寄せて置く。八嶋はいつも頼んでいるものなのか、メニューも見ずに注文していた。
両面あるメニューをざっと眺めたあと、鶏肉の湯引きしたものをポン酢で和えたものを頼んだ。メニューを隣に押しやると、また目の前に戻される。

「もっと頼めよ。足んねえだろ」
「十分です」
「そんなこと言ってるから、モヤシになんだぞ」

さりげに失礼。いや、あきらかに失礼な言われようだ。
気にしていることをズケッと言ってくる相手に、顔には出さないながらもムキになってメニューを押し戻す。

「無駄に肉つけてないだけです」
「いる肉もつけてないじゃないか」
「殴られたいんですか?」

笑顔で言ってガラスで出来た灰皿に手を伸ばすと、慌てた八嶋が勢いよく首を横へ振った。口を噤みビールを飲み出すのを見て灰皿から手を離す。
気づけば並んだ椅子のあいだが心なしか離れていた。微妙にあけられた距離が可笑しい。
八嶋が大人しくなったので、ちょうどいいとフォローをいれることもせず放っておいて煙草をくわえた。
そんなことをしているあいだに、注文していた料理が順に運ばれてくる。
立ちなおりが早いのか、追加で生中を頼む相手の態度は、すっかり普段のものになっていた。

「ここの鰤大根、美味いから食ってみ?」
「勝手に食います」
「天麩羅もうまいぞ、ほら」
「だから勝手に食いますって」


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