Y&Sシリーズ | ナノ


▼ 5

同じ棟の一階にある保健室に着くと、かけていた鍵を外してなかに入る。
作業のしやすさを考え、仕事用のデスクの上は普段から簡素に片付けていた。以前に積み上げた本や書類やらが雪崩をおこし、大事な書類を失くしかけてからは、デスク上の片付けは習慣のようになっている。
真ん中に置いたノートパソコンを立ち上げると、起動を待つあいだにインスタントのコーヒーをいれた。ミーティング前にセットしておいた電気ケトルのおかげで、さほど時間をかけずにデスクに戻り画面を覗き込む。
すでに立ち上がっていたパソコンの前に座ると、保存しておいた原稿を呼び出した。資料に使っていた本の付箋が張ってあるページを開くと、金曜日に途中まで進めておいた作業に取り掛かる。
さほど難しくも手のかかるものでもなく、明日に配布するプリントは昼前には印刷を終えて職員室に届けられた。
それ以降は特に急ぎの仕事もなく、17時には帰り支度をすませ学校を出た。

自宅には帰らず、電車で二駅先にある井坂のマンションに向かう。
彼女が住んでいるマンションは駅から少し離れた場所にあった。タクシーを使うまでもない距離だが、歩くとなるとちょっとした運動になる。
駅から15分ほどかけて井坂のマンションにたどり着いたときには、空はすっかり暗くなっていた。
夕食の準備は整っていたようで、部屋に入るとリビングのテーブルに水菜のおひたしや鯖の味噌煮など、和食を中心とした料理が並べられている。
スーツの上着を脱いでソファに置くと、テーブルセットのスツールに座った。テレビから流れるニュースを眺めながら、差し出された缶ビールに口をつける。渇いていた喉に炭酸の刺激が心地良い。

「二日続けて会うのって、久しぶりだよね」

自分の分のビールを手に井坂が向かいに座った。

「忙しいんじゃ仕方ねえだろ」

普段から佐野の言い方は素っ気ない。

「もう、ハルってそのへんクール。このまえ友達に、普通の男なら怒るよって言われたの。たしかにそうかなって」
「だから気にしてない」
「そう言われると次に続かないじゃない」

次に、とふてくされた顔を作って言う井坂に、なにをだと、問う視線を投げれば、ころりと笑顔に変わった表情で、井坂がテーブルの上を指差した。つられてそちらを見る。

「てことで、今日はお詫びにハルに手料理を作っちゃいました。滅多に作らないから、味の保証はできないけどね」

なにを言い出すのかと思えばそういうことか。流れから別れ話でも切り出すのかと思った分、井坂の言葉にあっけにとられた。そんなこちらの考えには気づかず、井坂は上機嫌でビールを飲んでいる。

「別にそんなこと、やらなくていい」

会えないことは本当に気にしたことがない。井坂の仕事が忙しいといっても、こちらの都合で会えないときだってあるし、そこはお互い様だ。井坂が気にすることはない。
そういう意味合いで言った言葉が、言い方が悪かったようで、途端に井坂の表情が曇った。
迷惑だと聞こえたのだろうか。強張った顔でなんとか笑おうとしている井坂を見れば、そうなのだとわかる。

「俺は本当に気にしてないし、お詫びとかいらない。お詫びなら食わない」

フォローしようと口を開くも、優しい言葉の一つもかけてやれないのが佐野の性格だ。それが、彼女が出来ても長続きしない原因の一つだった。
けれど井坂はそんな言葉に、俯きかけていた顔を上げると、頬の緊張を解いた笑顔で肩をすくめる。

「お詫びっていうのは撤回します」
「いただきます」

箸を持って手を合わせる。鯖の味噌煮を取り分け口に運んだ。張り詰めた空気が和み、井坂もビールのあてにと魚をつつく。
保証はしないというわりに並んだ料理はどれも美味しく、それを素直に口にすると否定しながらも井坂は嬉しそうだった。
料理がなくなるとソファに場所を移して晩酌が続き、気づけばだいぶ時間が経っていた。ビールから焼酎に変えたのが効いたのか、座っていればこのまま寝てしまいそうだ。隣を見れば井坂も眠そうに目を擦っている。

「そろそろ帰るわ」

終電にはまだ余裕があったが眠り込む前に帰ろうと、肩に凭れかかっている井坂に退いてくれるよう促す。
井坂が座った側の背凭れの端に、かけていた上着を取ろうと伸ばした手を、不意に掴まれた。大きな目が下から見上げてくる。


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