Y&Sシリーズ | ナノ


▼ 3

そんなわけがあるか。八嶋は最初からこんな態度だ。
指を切ったといって保健室に来るなり、ふざけたオネェ言葉で話し出すわ、記録に必要で名前を聞けば人の背中に指で名前を書くわ。
これがビクビクした人間の態度なら、ビクビクするという言葉の認識を改める必要がある。

「高校のときの佐野先生って、どんなだったんです?」

八嶋の発した質問に、余計なことを聞くなと横目に睨んだ。目が合うが八嶋は黙るどころかにやけ顔を引っ込めようともしない。

「いまとそんなに変わらないんじゃないかな…あ、ちょっとすみません」

テーブルの上に置いてあった井坂の携帯が電子音を立て出したことで、幸いながら話が中断した。担当からだと携帯を持って井坂が席を離れると、テーブルには男だけが二人残された。

「彼女いたんだな、おまえ」
「いないなんて言ったおぼえはないですよ。日曜のこんな時間に一人でこんなとこ来てるってことは、八嶋先生は寂しい独り身ですか」
「コノヤロウ」

図星をつかれたのか八嶋の口元が引き攣った。いい気味だ。
ちょっとした反撃が出来て、さっきまでの気分が少し晴れた。だけど。運ばれてきたアイスコーヒーに口をつける八嶋を見る。
無精には見えるが元はそんなに悪くない。180cmを少し越えたくらいの長身に、引き締まった体型は男の佐野からすれば羨ましいスタイルだし、垂れ気味の目が印象的な顔も、きちんとすれば男前だ。それに普段からふざけた調子だが、無神経というわけではない。
半年ほどの付き合いだが、こちらが本気で嫌だと思うことは、さりげなく避けて接してくる。彼女がいないことが意外だった。

電話を終えて戻ってきた井坂が急な打ち合わせが入ったとかで、それをきっかけに席を立った。
せっかくだからもう少しゆっくりしていったらどうかという井坂の提案は、そろそろ帰るからという八嶋の言葉でやんわりと遮られた。それならと、八嶋を残し井坂と連れ立って店を出る。
駅についたところで、行き先が反対の方向だった井坂とは改札のところで別れた。別れ際に「八嶋さんと仲がいいのね」と言われ思わず苦笑が漏れた。
八嶋のことは嫌いじゃない。悪態をつきつつも、一緒にいることが嫌だと思うことはなかった。
出会って半年だというのに、昔からの友人といるような居心地の良さを感じる時もある。佐野にしては珍しいことだった。






一週間の始まりであり仕事始めでもある月曜日は、連休明けということもあって心身共にだるさがいつもの二割り増しになる。
洗濯はしているもののアイロンはかけていない皺のついた白衣を、脱いだスーツの上着の代わりに羽織るが、その程度で気持ちの切り替えが出来るわけがない。
朝のミーティングの最中、口うるさい学年主任らの目を盗みながら寝そうになるところを、英語教師の関が肘で突いて起こしてくれること三回。
やっと長い話が終わり解散の声が聞こえると、散り散りに去っていく職員らのなかから。佐野と同じような白衣を着た八嶋が欠伸を噛みながら寄って来た。

「おはよーござます」
「おはようございます。眠そうですね」
「あー…、昨日あのあとパチンコ行って、帰りに飲んでたら寝んの明け方だったんだよ」
「なにやってんですか」
「いいだろ、独り身の特権だって」
「そんな特権いりません」

反論を口にする佐野に八嶋は寝ぼけた目を擦って、白衣のポケットから取り出した煙草をちょいと掲げてみせる。それだけで言いたいことを察して職員室を出ると、朝の一服で混み合った職員室横の喫煙所を通り過ぎ、三階にある化学教官室に向かった。
一棟三階の突き当たりにあるその部屋を使っているのは、いまは八嶋だけだ。いつの間にか物置にのみ使われるようになっていたのを、幸いと八嶋が自分の巣にしている。
ロングソファの上には枕まで置かれている。そのソファに腰かけ、肘置きをテーブル代わりに灰皿を置いて煙草に火をつけた。窓を開けて、八嶋も煙草に火をつけている。

「ここ、いいですよね」
「喫煙所あそこしかないし、混んでくるとゆっくり吸ってもいられないしなぁ。お気に召してなによりですよ。あ、コーヒー飲む?」
「ビーカーに入ってないヤツなら」
「ビーカーのなにが気にいらないんだよ。いいじゃねえか別に」


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