Y&Sシリーズ | ナノ


▼ 2

井坂のことを友人たちに話すと出来た彼女だと羨ましがられる。
たしかにそうなのだ。美人だし、性格も悪くない。

「じっと見て、なに?」
「いや、なんでも……」

無意識に相手の顔を見つめていたようで、旅行中に撮ったという写真を見せようと鞄のなかからデジカメを探していた井坂が、視線を感じて顔を上げた。合わさった視線に気まずさを覚え、逸らそうと店のなかに目を向ける。
みつけた見覚えのある男に言いかけた言葉を止めれば、井坂が訝しげに視線の先を辿って首を傾げた。

「いま入ってきた人がどうかしたの?あ、こっちに来るみたい」

どうやら一人のようで、誰かを待つこともなく、長身の男は井坂がいうように自分たちのいるテラスへ出てきた。距離が縮まる前に男から顔を背け井坂に向きなおる。

「籐靖の先生」
「籐靖ってハルがいま勤めている高校じゃない。挨拶しなくていいの?」

あっという井坂の声が聞こえたかと思えば、次に聞こえてきたのはどことなく緩さの漂う声だった。振り向かなくても、背後に感じる気配が誰のものかわかる。

「デート中?」

からかう口調にだから嫌だったのにと、いまさらいっても仕方ない呟きがもれそうになる。それでも無視するわけにもいかず振り返れば、予想どおりのにやけ顔が見上げる位置にあった。
八嶋政宗。寿退社した前任の養護教諭の代わりに佐野が去年の11月から勤めることになった、籐靖高等学校という男子校で教鞭をとっている化学教師だ。
よれた白衣と便所サンダル。今日はちゃんと剃っているようだが、たまに無精髭を生やしていたりと、だらしがなく教師らしくない男というのが八嶋に対する印象だった。
きっちりしたことが苦手で養護教諭?似合わないね。といわれることの多い佐野には、その緩さゆえに親近感を抱く相手でもある。が、いまは一番会いたくない相手でもあった。
どうしてか、そんなことはこの顔を見れば一目瞭然で、明らかにおもしろがる顔をした八嶋に思わず溜息が漏れる。

「倖春さんの職場の方ですか?」

返事をしない佐野に気遣ったよう、代わりに井坂が笑顔で声をかける。

「ええ、籐靖で働いてますよ。佐野先生の彼女さん?」
「はい。あ、よかったらどうぞ」

置いていた鞄をどけて椅子を勧める井坂を責めるわけにもいかず、からかわれることに諦めをつけると、遠慮する素振りの八嶋に同じように席を勧めた。
佐野が勧めたことでようやく椅子に座った八嶋は、頼んでいたケーキセットとアイスコーヒーを運んできた店員にアイスコーヒーをもう一つ注文する。

「八嶋先生こそ、こんなところでなにをしてるんです?」

余計な話に流れることに先手を打って防ごうと、こちらから話を振った。
お洒落なカフェにこの男という組み合わせに違和感を覚えたのだ。どちらかといえば八嶋には、ちょっと寂れかけた喫茶店のほうが似合う気がする。

「佐野先生のストーカー?」

真面目に答える気はないらしい。呆れた返事にそれ以上の問いを重ねる気も失せ、黙殺すると新しく置かれたアイスコーヒーに口をつけた。

「聞いておきながら無視すんなって」
「ああ、すみません。聞こえなかったんで」
「いや、あきらか聞こえてたよな。佐野先生って普段からこんな感じなんですか?」
「普段からこんな感じだよね?」

八嶋のわざとらしく作った情けない顔に、井坂が笑いながら佐野を見る。

「俺のことは放っておいて下さい」

話のネタにされるのはごめんだと素っ気ない態度で顔を背けるも、八嶋と井坂を相手に不機嫌さで口を閉じさせることは無理で。こんな佐野の態度に馴れた二人は気にすることもなく、可笑しげに笑いながら、なおも佐野をネタに話を続ける気のようだ。
こうなるとやめろと喚いたところで、言うだけ無駄というものだろう。それに下手に抵抗すればするだけ、おもしろがるだけだ。特に八嶋が。
もう勝手にすればいい。

「八嶋さんっていうんですか。私は井坂っていいます。ハル…倖春さんとは高校の同級生なんですよ」
「ハルでわかりますよ。じゃあ佐野先生とは結構長い付き合い?」
「高校のころはあまり話したことがなくて、付き合い出したのは同窓会のあとだから…二年くらいですね。あのころからこんな感じだったから、なかなか話すきっかけもなくて」
「たしかに親しみやすいってのじゃないですよね。俺も最初、話しかける度にビクビクしてました」


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