イミラバ | ナノ


▼ 5

「…なぁ、セーラー服入ってんだけど?」

見間違えじゃないことは三度見したことで確認済み。ピランと目の前に吊り下がっているそれは後ろが長方形、前が三角形の襟になっていて、ブルーのスカーフがリボン状に結ばれた紺地のセーラー服だった。左胸のところにポケットがあり、そこにお嬢様学校のブランドであるSの文字に蔦の絡まった校章が刺繍されている。

「聖蘭の制服だからセーラー服に決まってるじゃない」

なにを当たり前のことを言っているんだとばかりに言われ、思い切り神田の頭目掛けてセーラー服を投げつけてやった。残念なことに布だから攻撃力は全くといっていいほどない。
頭の上に乗っかったセーラーを取って神田が、もう、と口を尖らせる。

「借り物なんだから乱暴に扱っちゃダメだよ。聖蘭、お嬢様学校だから制服一着でも結構な値段するんだからね」
「セーラー服、借りてくんなよ」
「だってそれがなきゃ学校入れないじゃない」

いま、なんて言った?学校に入る?
まさか俺にこれを着て聖蘭女子学院に潜入しろってことなの?
え、まじで?嘘だろ。

「なかに入らなくても、登下校の瞬間狙えばいいじゃん」
「バカだね、りいっちゃん。なんのために詩乃ちゃんにあんな厳重な見張りがついてると思ってるの?」

男がセーラー服を着て学校に潜入するよりも、そっちのほうが現実的だという俺の常識的主張を神田は鼻で笑い飛ばした。
バカ、という言葉をバカにした態度で吐かれてムッとするも、言い合いをしている場合ではないと思い直し怒りを抑えつつも尋ねられたことについて考える。

「…逃げ出さないように?」

一応の答えを返すも、それに対しての神田の返事は「それもある」だった。それもある、ということは正解は別にあるということだ。
上半身だけを捻って振り返った神田が俺の顔面にセーラー服を投げ返し、視界が突然覆われて驚いた俺が被せられたセーラー服を顔から引っぺがすなり、ビシッと音がしそうな勢いで鼻先に人差し指が突きつけられた。

「詩乃ちゃんはね、いま浅北さんをトップから引き摺り下ろしたい人たちにとっては絶好のチャンスなの。オレたちみたいに考えてる人が他にもいるの。だからあの見張りはその人たちから詩乃ちゃんを守る護衛でもあるわけ。詩乃ちゃんをいま取られたら浅北さんだって大きな痛手だから、詩乃ちゃんの警護はかなり力いれてて、使われてる人ってみんな凄腕さんなんだよ。そんな相手にオレたちが敵うとでも思う?思わないよね。登下校の瞬間なんて一番狙われやすいってことくらいわかってるだろうし、返り討ちにあうだけでしょ。しかもオレたちのことが浅北さんにバレたらそれまでだし」
「神田、一気に捲くし立ててやんなよ。岸田が固まってる」

高梨の気遣いにありがとうと言いながらも片手を上げて大丈夫だとジェスチャーで伝える。神田が言っていることが理解出来ずに固まっていたわけじゃなくて、どこで息継ぎをしているのか不思議なほど切れ目なく喋る相手の勢いにちょっと呑まれてしまっただけだ。
高梨に止められて一度は口を閉じた神田が、俺が大丈夫だとわかると途中で止めた説明の続きに戻った。

「でも厳重な警備でも多少の綻びはある」
「それが学校内ってことか…」
「さすがに学校でぞろぞろ護衛引き連れてるわけにもいかないだろうし、詩乃ちゃんと接触できるとしたら学校のなかしかない。わかったら早く着替えちゃって、もうすぐ着くよ」

早朝ということでまだ登校時間には早いためか生徒の姿はまだ見当たらないが、車はすでに聖蘭女子学院のすぐ近くまできていた。100メートルほど先にある信号を右折し、少し走れば学院の裏門が見えてくるだろう。
俺は頷くと後部座席の窓がスモークで隠れているのを幸いと、思い切りよく着ていた服を脱いだ。高梨が端っこにくっつくまで避けてくれたがそれでも車内は狭い。限られたスペースで着慣れないセーラー服に苦労しながらなんとか着替え終わった頃、車はレンガ壁に鉄柵というレトロな造りの門の前に到着していた。

「なあ、化粧なしでこの格好じゃすぐに男ってバレ…」
「ないない。ボーイッシュな女の子にじゅうぶん見える」
「あ、そう」

もうどうとでもなれ、だ。ここまできたら腹を括るしかない。
サンダルを革のローファーに履き替え最後の支度を整えると、気合入れに両手で両の頬をパチリと叩く。

「よし!やりますか」


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