イミラバ | ナノ


▼ 利一Side






動くと決めたあとの神田の行動は驚くほどに早かった。
屋上での話し合いが終わるとすぐにやることがあるといって帰っていき、次の日の早朝、いきなり俺の家に現れたかと思えば、行くよ!と言って部屋着姿のまま車に連れ込まれた。
後部座席には先客、高梨の姿があって、目が合うとひょいと肩を竦める。どうやらなんの説明もなくこの友人も神田によって連れてこられたらしい。
運転席には見知らぬ黒服の男が座っており、ルームミラー越しに目が合うと無言のまま軽く頭を下げられた。


「…とりあえず、どこに向かってんのかだけは教えて欲しいんだけど」

助手席に神田が乗り込むと運転手の男は行き先を知っているのか、なにを指示されることもなく車は住宅街を抜けてどうやら町のメインストリートへ向かっている。
どこへ行くつもりなのかと、水玉のボンボンで結んだ前髪がピョンと突き出している後頭部に問えば、くるりと振り返った神田が能天気な声で返してきた答えに俺だけではなく、高梨までも小さく目を瞠った。

「はい?」
「だ〜かぁらぁ〜、女子高!聖蘭女子学院に行くの。ちなみに運転手さんは黄武会の若衆たんでミヤちんっていうのぅ。ヨロティコしてあげてね」
「宮城<ミヤギ>です」
「あ、岸田です。よろしくお願いしま……って!そうじゃなくてっ!」

神田の紹介に運転手、宮城さんからクールな挨拶をされ反射的にこちらこそと応じてしまうも、いまはそういう話をしているんじゃない。挨拶は人として大切だが、優先順位というものがあって時として例外になることもある。宮城さんには申し訳ないが話を優先順位高の方向へ戻させてもらおう。

「聖蘭っていったら詩乃さんが通ってる学校だよな。なんでまたそんなとこに向かってんだよ」
「詩乃ちゃん誘拐するために決まってるじゃない。マンションは鼠一匹入れないぞってくらい警備厳しいし、それなら狙うのは外でしかないけど、詩乃ちゃん学校以外は外出ないからね。じゃあ学校で攫うしかないじゃん」
「ないじゃんって…」

いまにもアハハ!と笑い出しそうな相手に頭が痛くなりそうだ。言っていることはわかる。けれどそういう重要なことをこうも唐突に前触れなくいわれても、すぐに了解、と応じられるほど俺の順応性は高くない。どうしてもっと前もってとか前置きとか、そういう気遣いが出来ないのか。そういった文句を神田に言うと、相手は狐のような目で笑い、

「時間ないし」

短いながらも説得力のある理由に、たしかにと納得させられて文句を言う口を閉じた。
神田の言うとおり、俺たちに残されている時間は少ない。詩乃とブラスト社の御曹司との婚約話が成立してしまった時点で、浅北さんに仕掛ける勝負の勝敗は決まったも同然で、俺の負け。即ゲームオーバー。それだけならまだしも、詩乃を助けるチャンスさえなくなってしまう。
リセットボタンを押してやり直しがきかないのが現実なのだから、ここで後手に回るわけにはいかなかった。
でも、だからといってこれだけは言いたい。

「いきなり部屋着のまま連れ出すなよ。どうすんだよ、俺すげぇ寝起きスタイルなんだけど。こんなんで女子高なんか行ったら即、不審者で捕まるっつの」

着ているよれたロンTの襟ぐりを掴み、もう一方の手で履いている綿パンを指差す。髪は寝癖でグシャグシャでもしかすると涎のあとが口元についているかもしれない。
行き先がコンビニならまだいい。ちょっとだらしない男が寝起きで買い物に来たといった認識ですむ。が、高校。それも女子高ともなるとそういうわけにもいかない。女子高生のお嬢様を目当てにうろついている変質者と疑われても仕方ない姿だ。
運悪く職質でもかけられようものなら、詩乃に接触するどころじゃない。

「大丈夫、大丈夫。りいっちゃんの服はちゃんと用意してあるから。座席んとこに紙袋置いてあるでしょ」
「袋?これのこと?」

なんだよ、着替えが用意してあったのか。ずいぶんと用意周到だ。そういえばさっきから大きい紙袋が高梨と俺とのあいだに置いてあった。これかと掴み上げると、神田がミラー越しに袋を見て頷く。

「聖蘭に着くまでに、なかに入ってるやつに着替えといてね」
「おー……あ、…ぁあ!?なんだよこれっ、おまっ!神田、これっ」

いま走っている場所からだと聖蘭まではあと5分弱といったところだ。早く着替えてしまわなければと袋から服らしい布を引っ張り出す。で、出てきたその形に俺は驚愕の声を上げた。窓の外を向いていた高梨がうるさそうに振り返り、固まる。服を持つ俺の手がプルプルと震える。


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