イミラバ | ナノ


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「オレの聞いた話だと、ブラスト社との会食会が3日後にあるみたい」
「会食会?」
「婚約披露パーティっていうのかな。関係者を集めて、そこで詩乃ちゃんたちの婚約を発表するつもりなんだって。オレたちがなんとか出来るとしたら、その会食会が執り行われる前しかないね。会食会にはブラスト社のお偉いさんと浅北組の幹部クラスがわんさか出席することになってるから、一度公表されれば、オレたちじゃなくても容易には手出し出来なくなる」
「3日以内になんとかしろってことか」

高梨の呟きに神田がその通りだと頷く。

「でも、どうやって…」
「詩乃ちゃんを誘拐するとか?」
「ああ、なるほど。詩乃さんを誘拐すれば手っ取り早…って、はぁ!?」

いきなりなにを言い出すんだ、この男は。あまりにもさらっと普通に言うから、内容の不穏さに一瞬気づかなかったじゃないか。

「誘拐っていっても会食会が終わるまでだし、なにも身代金を要求しようってわけじゃないよ。婚約発表さえ出来なきゃいいわけ」
「詩乃がいなくても、発表だけすりゃいいんじゃねーの?」
「それはしないだろうね。本人不在の婚約発表なんて、反対派の人間が納得するわけがないし、それにブラスト社側が馬鹿にされてるって怒るのは目に見えてる。浅北さんだってブラスト社のお偉いさんたちのご機嫌は損ねたくないはずだよ。特に会長の孝蔵氏が孝一を猫可愛がりしてるのは有名な話だからね」

孝一というのがブラスト社の御曹司の名前だ。神田の話によると、ブラスト社は社長の孝太郎ではなく、第一線から退いたいまでも孝蔵が全権を握っていて、誰も孝蔵の意見には逆らえないらしい。
会食会には会長である孝蔵も出席するはずで、そこでもし詩乃がいないとなれば孫可愛いお祖父ちゃんが激怒して「この話はなしだ!」と怒鳴る姿がリアルに想像できる。婚約の話がその場で白紙に戻される可能性は八割以上だ。

「そういうことだから、会食会に詩乃ちゃんが出席出来ないようにすれば、あとは周りが勝手に婚約話をぶち壊してくれるってわけ」
「でも誘拐はなぁ…」
「詩乃ちゃんだって今回の話は乗り気じゃないけど、りいっちゃんの一件をたてにされて断れないんだよ。言っちゃえばオレたちは助ける側なの。誘拐っていうか保護でしょ、保護」
「それならなにも誘拐しなくても、事情説明して詩乃さんに協力してもらえばいいんじゃないの?」
「そう単純な話じゃないんだよね」
「まぁ、素直に協力してくれそうにないか」

詩乃が俺をめちゃくちゃ嫌っていることはあきらかだし、それに今回、自分が追い込まれたのは俺のせいだと恨んでもいそうだ。
逆恨みもいいところだし、恨みたいような目にあわされたのはこっちの方だけど、考えてみれば詩乃だって被害者で、俺と同じで浅北という男に駒のように扱われ、そしていまも利用され続けている。
あんなにも浅北さんのことを想っていたのに、好きな相手にいいように利用されて他の男と婚約させられるなんてずいぶんと酷い話だ。
そのことを考えると彼女の痛みがわかるだけに、詩乃に対して責める気持ちにはなれなかった。

「土下座だってなんだってする覚悟は出来てる。詩乃さんには俺がちゃんと説明してわかってもらうよ」
「あー、うん。まぁそれもあるんだけど、もっと手前の問題なんだよねぇ」
「時間の無駄だろ。もったいつけてないではっきり言えよ」

煮えきらない神田の態度に高梨が苛立った声を上げる。高梨の言うとおり、タイムリミットが決まっているのだから、いまは一分一秒でも無駄に時間を消費するべきじゃない。そのことは神田もわかっているようで、ひょいと肩を竦めると、素直に「あのね」と口を開いた。

「ひとつはさ、詩乃ちゃんがオレたちに協力するってことは、詩乃ちゃんが浅北組を裏切るってことなの。そんなことが浅北さんにバレたら、今度こそ確実に黄武会は潰される」
「潰れりゃいいんだよ、ヤクザの組なんて」
「高梨!」

辛辣に吐き捨てる高梨に神田が苦笑を浮かべる。高梨にも高梨の想いがあるのだろうが、黄武会は神田の身内、とかいうやつなのだから、いまのはちょっと言いすぎだ。


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