短編 | ナノ


▼ 1

俺もこんなだし、
オマエもこんなだから、

いつかはくるとわかってたんだ。

なのに、
どうしてひどくココロが痛む。



白い。
この空間はなんて白いんだろう。
シーツ。
滲みひとつない壁。
閉めきられた窓にかかるカーテン。
そんな中で静かに横たわる黒色の男。
けれど今はその男すらも白く染められている。
血色のないその顔は生の光を失い、今はただ白く…。


「祐ちゃん…」


遠慮がちにかけられる三葉の声にも気づかず、祐司はベッドに横たわった川越の顔を押し黙ったまま見据えている。
そんな祐司の様子に気づき、悲痛の色を浮かべた顔で幼少時よりの友である中野は静かに頭を振り、そっと三葉の肩をドアへ向かって押した。


「行こう三葉」


でも、と言いかける三葉を無理やりに病室から押し出し、一度祐司の背を振り返って中野も三葉に続き病室を出る。
今はもう起き上がることもない川越と、表情もなく佇む祐司だけが残されたその空間は、ひどく静かでこの世の音という音全てが壊れ消えてしまったかのようだ。



泣くわけでもなく、
縋ることもせず、
ただ蒼白の顔を眺め。

これは夢なのかとそんな虚しい望みだけが頭に広がり、そして目に映る男の姿に繰り返し絶望する。

幾度となく見た過去の光景。
親しい者の死に顔が目の前にある現実から逃げる道を阻んだ。
もう二度と会うことの出来ない事実。
受け止めることを拒んだとして、この手がこの身に触れることなどもう二度とない。

夢であればどれだけいいだろう。
目が覚めた後、ほっとした気持ちで、今までの事全て謝りにあのクソ高級なマンションへ向かえばいい。
そうしたら嫌味たらしい川越のことだ。
小憎たらしい口調で、それでも最後には仕方がない奴と笑ってくれる。


夢であれば…。

夢であれば…。


微かな衣擦れの音をさせ、ベッドに寝かされた川越へと顔を寄せた。
冷たい頬を手のひらで撫で、そして指で硬く閉ざされた唇をなぞる。

かさついた感触。
開くことのない瞼。
灯ることのない熱。
香ることのない煙草の匂い。

煙草。

ふと思いついたそれを探すよう、ベッド付近へ視線をめぐらせた。
ベッドサイドの棚の上に、思ったそれはすぐに見つかる。
手を伸ばし煙草の箱を手に取り、中にあった最後の一本を取り出すと、一緒に置かれていたライターで火をつけ、細く煙を昇らせる煙草を川越の唇にあてがった。


「吸えよ。これがないと生きてけねぇんだろ?吸えよ、川越。吸えよっ」


無理やりに捩じ込もうとし、けれど閉じた唇がそれを拒むよう銜えさせることが出来ず、悲鳴のように怒鳴りつけ、そして糸が切れたように床にへたり込む。
立ち昇る紫煙を見据え、力なく棚に凭れ掛かり、数秒間の荒ぶりが嘘のように静寂に身を浸した。

腕を持ち上げ、煙草を唇に近づける。
何度も目にした相手の仕草を真似て、初めて吸う煙草を銜え、ゆっくりと肺まで煙を落とそうと深く吸い込んだ。
けれど煙が喉を通る瞬間に粘膜に刺さるような痛みを覚え、その途端に激しく咽込む。


「っ…イテェよ川越っ。痛ぇ…っ…」


熱くなる目頭に涙が滲んだ。
咳き込んだ喉の痛みと、口内に広がる煙草の苦味。
そして、懐かしい川越の匂い。


「川越……」


なに泣いてんだよ。

「うるさい。泣いてねぇよっ」

じゃあ、そりゃなんだ?

「涎だ。涎。腹がへりゃ目からも出んだよ、俺は!」

あぁ?どんなビックリ人間だよテメェは。

「だま…っ…ん、なよ…。なんか喋れよ、なぁ。今ならテメェのクソむかつく嫌味も聞いてやっから。だから、……頼むよ。川越…」


低く耳に届くあの声が、
今でもはっきりと思い出せるのに。

どうして、
どうして静寂しか聞こえないんだろう。
どうして。


こんなに遠い…。





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