短編 | ナノ


▼ お嫁サンバ







小野田課長の命の次に大切だという愛娘のクワガタ、命名【くわ子さん】は今日も元気に俺が買ってやったスイカに抱きついている。
ブラスチック製の虫かごに住んでいる同居人、いや、同居虫のくわ子さんを眺めながら朝6時。ベッドを視界に映さないように現在、現実逃避の真っ最中だ。

「くわ子さん、今日もなかなかいい艶だな。スイカが美味いか。そうかそうか」

あら、ありがとう。加尾さんもなかなか素敵な寝癖よ。
なんて声が幻聴のように聞こえてくる。

「…んー……」

背後から聞こえてきた掠れた声にビクリと肩が揺れた。小さい声に折角あちらかどちらか知らないが逃避に成功していた俺の頭は、無理やりに現実という厳しい時間に引き戻されてしまった。
恐る恐る後ろを振り返れば、ベッドの上でもぞもぞと動く塊。

「…あぁ、おはよう加尾」
「…おはよう、ございます……」

なんでここに小野田課長がいるんでしょうか。
くわ子さんがいるということは間違いなくここは俺の家だ。1Rの小狭いアパートだけれど、駅から近くてコンビニやスーパーも近いのが気に入っている。家賃も安い。
そんな俺のナイスな城にどうして小野田課長。
昨日はたしか、帰りがけに小野田課長に捕まって、飲みに誘われたんだっけ。断わったら、あのいつものションボリした背中を見せられ、仕方なく、渋々、不本意ながら一緒に飲みに出掛けた。そこまでは良し。
小汚い居酒屋に行って、一緒に日本酒を飲んで。そしたら小野田課長にいつになったら付き合ってくれるのかと、じわじわと責められた。
それを交わすのが面倒臭くなって、飲め、とりあえず飲めばなんとかなる。とか思って冷酒をガブガブ呷った感じ?
そこからの展開を思い出そうとするも、ズキズキと痛む頭が記憶を探す俺の邪魔をしてくれる。まったくもって思い出せない。
記憶があるのは、朝目が覚めたら真横で小野田課長が寝ていたところから。
慌てて服を着ているか確認した俺、意外と冷静。
そのあとケツの具合も確かめたけど、別に普段と違ったところもないように思う。だって痛くないし。あんなもん突っ込まれていたら、ケツに違和感がないわけがない。

「昨日のこと覚えてんのか?加尾、お前、意外と強引だよな」
「!!!!!」

そんなまさか。そんなまさかの展開!
もしかして、考えたくもないけれど、俺は俺の息子を小野田課長に…。
最悪の事態じゃなかったことに安堵していた俺は、破壊力大な一言に頭の天辺から血の気が引いていくのを感じて青褪めた。

「もうやめとこうって言ったのに、もう一軒、もう一軒って俺を引きずりながら夜の町を渡り歩いて、結局潰れて動けなくなったし」

なんだよ!そういう意味かよ!!
驚かせるなっつの。本気で寿命縮んだかと思ったし。

「あー…すんませんでした。てか記憶ないんで、なんも覚えてないんですよね」
「え?じゃあ約束も覚えてない?」
「約束?」

全然、覚えてません。
そんな態度で小野田課長を見れば、寝起きのまだ半分寝ぼけたようだった顔に、深い皺が眉間に刻まれ、じと目で俺を睨んできた。そんな顔されたって、知らないものは知らないのだ。

「なんかしましたっけ?」
「した。俺と結婚してくれるって約束しただろう」
「はぁ!?」

ちょっと待て。
結婚?
なに言ってんの。
男同士で結婚なんて、俺たちの暮らす日本が認めてくれるわけがないじゃないか。
いやいや、そういう問題じゃなくて。

「するわけねーし!!」
「約束しただろう!!」
「覚えてませんっ。無効ですっ」
「いいや、男に二言はないはずだ」

ベッドから降りて詰め寄ってくる小野田課長に逃げ腰で後退る。
一歩、また一歩と後ろ向きに逃げる俺。

「加尾、危ない!!」
「え?」

急に飛んできた危険を知らせる声に何事かと硬直すると、すぐさま伸びてきた腕に体を引き寄せられ、俺の体は小野田課長の腕のなかに抱き込まれてしまった。
ギュッと力を込めて抱き締められ、安堵したような溜息を耳元で零され、いったいなんの危険が我が身に迫っていたのかと訝しる。

「なんですか、ちょっと…」
「よかった。危うくおまえ、嫁にいけないところだったんだぞ」
「…嫁?」

おかしい、おかしいと思ってはいたけれど、どうやら小野田課長の頭のなかは想像以上にカオスだったらしい。
ツッコミどころが満載すぎて、どこからツッコめばいいのかわからず、開きようのない口を噤んでいると、小野田課長が俺から腕を解いて屈み込んだかと思えば、拾い上げたのは見慣れたもの。毎朝、出勤前に髪をセットするのに使っている櫛だ。

「櫛をまたぐと、嫁に行けないという迷信がある」

ほら、と掴まれた手に櫛を乗せられポンと肩を叩かれた。
一人、これで安心だと呟きながら笑っている小野田課長。
櫛を握り締めた手がプルプルと震え出した。

「いけるかぁあああっっっ!!!!!」

午前6時。近所迷惑な俺の絶叫が、アパート中に響き渡ったことはいうまでもない。



− END −




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