並行世界の話をしようか――そう切り出してきたのは彼女だった。
それも至って普通に今からテレビでも見ようかという流れで口にしてきた。テーブルの上にはお菓子を並べお茶を淹れながら、そう口にした彼女に高杉は少し驚いたが特に反応は示さなかった。
二つの湯のみにお茶を淹れると、片方を彼女は向かい側に座っている高杉の前に置いた。高杉は無言のままそれを口にする。
彼女も自分の分の湯のみを手にして口にする。一口飲むと、テーブルの上に湯のみを置いて冒頭の話の続きを淡々と語り出した。
この世には並行世界というモノがあるらしいと聞いて彼女は思ったのだという。仮に並行している世界のうちの一つを自分達のいるルートAとするならば、他のルートには自分達の存在していない世界も勿論あるはずだ。また、自分達が存在していてもここと全く違う世界かもしれない。今の自分とは全く違う生き方をしているかもしれない。確証する術はないのだから、必ずとはいえないが可能性としてはゼロではない。
可能性やもしも、の話になってしまうが、それでも彼女は思わずにはいられなかったのだという――ねえ、高杉、と彼女は真剣な表情をして続きの言葉を口にする。


「もしも、攘夷戦争がなくて松陽先生が生きている世界が仮にルートBとして存在していたら…どうする?」


問われた高杉はフン、と鼻で軽く笑うと湯のみから彼女へと視線を移した。


「てめェは馬鹿か」
「っな…!」
「たしかに、てめェの言う通りにそんな世界が存在してるかもしれねェ。でもな、そんな世界が存在していたとしても、今、俺らがいるのはてめェの言うルートAとやらのこの世界に違いねェんだよ」
「…」
「そんな世界があったとしても、俺らはそこへは行けねェだろ…」
「うん」
「仮に行けたとしても、このルートAの世界が憎いことには変わんねーよ」
「…そうだね、そう、だよね」
「…」
「私も、このルートAの世界が大嫌いで憎いよ。どこに行ってもこの憎しみは消えないと思う」


ふっと表情を消してそう言う彼女の過去に何があったのか高杉は知らなかった。
何があって、何故彼女はこの世界が大嫌いで憎いと口にするのか一切不明だった。攘夷戦争の途中にふらりと現れて、戦力になった彼女はそれまでの過去を語ることはなかった。少なくとも高杉は追求したことはない。気にならなかったといえば嘘になる。そこに触れてはいけないと触れさせないようにと彼女がしていることはなんとなく察することが出来た。何かあることに間違いはないのだろうが、高杉は無理にそこへ踏み込もうとはしなかった。
逆に高杉は彼女に自分過去の話をしていた。だから、彼女は松陽先生のことを知っている。高杉の過去の話を聞いて、会ってみたかったと言った彼女だったが、その時も決して自分の過去を口にすることはなかった。結果、今日まで謎のままである。
明らかなのは、彼女も高杉と同じ様にこの世界を憎んでいることだけ。何が彼女をそうしてしまったのか明らかになる日はくるのかも分からない。結局、彼女は最期の時まで何も語らずに逝ってしまいそうだと高杉は思っていた。


「だから高杉、早くこの世界をぶち壊そう」


そう口にした彼女にやはり表情はなかった。


ルートAの世界



2014 1 13
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